・・・されど役者的妹尾blog

太く拡げよう僕の細道   since.2006.4.14
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旧友も40才か。



「お父さん、お母さん。ごめんなさい。あなたたちは、しっかりと暮らしてください」


「わがかわいい子よ、もしあなたが生きられるのなら、ママを忘れないで。ママはいつまでもあなたを愛しているのよ」



皆さんもご存知だと思いますが四川地震でのエピソードです。

がれきの下で残された言葉。






天災は人を選ばないで人間を淘汰していくものです。

善人、悪人、かかわらず。



ものすごく胸が締め付けられて。


切なくなりました・・・

神様的にどのような意図があるのか、生きている間に一度でも飲むことが出来たら聞いてみたいです。




その一方では義援金詐欺。

こんな奴らが死ねばいいのに。



・・・等と偉そうなことが言える立場じゃないのですがね。






平和の祭典、オリンピックも国の顕示力に使われる道具になっているように見えてきます。

あの聖火の一連の騒動で、既に平和から逸脱しているように思えるのは私だけじゃないと思います。

レスキュー隊の派遣に関しても。

人命を救うのに、体裁や屁理屈はいらんですよ。


急激に力を付けてきた(ちうごく)に神様が、



「おいおい、ちょっと足元を見てゆっくり頑張りなさいよ。」



と言っているように思えてきます。





とにかく大勢の死者、遺族に哀悼の意を表し、ご冥福と祈りを捧げたいと思います・・・












なんか。


メタルダーの頃の話し。


・・・・

書きます。








めたるだ兄さんやっている時にものすごく仲の良いスタッフがおりました。

私よりも4つ程若く、大道具の仕事をしておりました。




「流星、もっとドーンと構えて!偉そうにやってりゃいいんだよ。遠慮なんか何もするなよ、俺たちの番組の主役なんだから。」



と、いつも励ましてくれていました。

一緒に酒を飲んだりウナギのキモの食い合いをして。




私と同様、バイクが好きな男でした。

自然と話も合い、可愛がるというか弟のような感覚で接しておりました。


実家は食堂をしておりました。

洋食屋さんで、白くて大きなコックの帽子をかぶった恰幅の良いお父さんです。

お母さんも一緒に店を切り盛りしております。




「おばちゃーん、お腹すいたー。ハンバーグとエビフライと、ミートソースと、ポテトサラダと。
全部一緒に入れてー。で、ご飯は超大盛りでカレーもかけてー。あと、やっぱカキフライとショウガ焼きも。」



とか言う、タラちゃん的な注文に、



「はいよー、ちょっと待っててよ!」


と、ニコニコ笑いながら答えてくれていました。


出来上がるまでその弟分と二人でビールを飲みながらおじちゃんの話を聞いたりして。

弟分はおじちゃんが随分と歳をとってから生まれた一人っ子。

まぁ、宝物です。

きゃっきゃ言いながら遊んでいる私たちを兄弟を見るように微笑ましくおじちゃん達は見守ってくれていたと思います。



ま、めちゃくちゃ楽しい思い出です。







バイクが好きな弟分は免許を持っていませんでした。

悪いことです。

が、実際忙しすぎて免許を取りに行く時間もなかったのです。




「メタルダーが終わったら次の作品に入る前に免許を取りに行くわ!」



「うんうん、それがいい。」







最終話を撮り終えてどのくらい経った頃でしたか。


多分3ヶ月ほど。


一本の電話が鳴りました。


相手は同じくメタルダーのスタッフ、女の子です。


この子は私も大好きな子で、現在でもとても仲良しです。

実は、弟分というのはこの子のことが好きで、恋をしておりました。

いろんな相談を受けたりしておりました。

もう、めちゃくちゃナイスなカップルになるだろうと思っておりました。

そういえばあの二人、どうなったのかなーとか気にしていた、そんな時の電話です。




「妹尾君、大変!○ちゃんが事故った!今○○病院だって。」



「ええ、なんで?なに、バイクで?・・・んもうっあの馬鹿たれが!」



その子も詳しいことは知りません。


知っての通り、私は事故のセミプロです。

身体には250針以上の縫い跡があります。

もちろんバイク事故も経験しております。




「足でも折っちゃたのかなー、ま、いいや。説教してその後笑わせてこよう。」



くらいの軽い感じで病院に行きました。




彼はICUにいました。


傍らにはご両親。



「どうしました?どんな具合なの?」



おじちゃん達は目で答えてきました。

きっと精一杯の答え。





嫌な空気に驚いた私は弟分の元に駆け寄りました。



目が半分開いています。

精気がありません。

というか、眼球が乾燥しています。


触ってみます。

動かしてみます。

声をかけてみます。


しかし彼は無反応でした。


ベッドの横にはおびただしい数の機械が設置されており、何本もの管が彼の身体や鼻、口を貫いています。





ピコーン、ピコーン。

しゅー、ぽー。しゅー、ぽー。


・・・・・


すぐに分かりました。

この機械のスイッチをオフにしたら彼の命も終わります。

植物人間状態でした。

頭を強く打ったらしく。

必死で、うろたえる自分を隠しながら



「きっと大丈夫だよ、絶対戻ってくるよ、元気出して。毎日来るから。」



強く、うんと強くおじちゃん達に言いました。




家で泣きながら何度も何度も祈りました。

まだ若い。

これからです。

親より先に逝くのは絶対ダメ、順番を守れ。

戻ってきたらぶん殴ってやるから。








しかし聞き入れてもらえませんでした。


恨みました。


何かを。


叫びました。


何かに。





だめだ、ありえない、これは嘘だ、絶対おかしい・・・


自分が壊れていくのがはっきり自覚出来ました。








あれから20数年。


大好きだったおじちゃんも亡くなり、今はおばちゃんが形見のお店を継いでいます。


おじちゃんは戦争の兵士としての体験者です。


いろいろな思い出があるようでした。

戦争物の芝居をする時とかも、よく私はお話を聞きに行ったものです。



「妹尾君に話していると息子に喋っているみたいだよ。あいつが生きていればこんな話しもしてやれたんだけどなー。」


「ちゃんと横に座って聞いてるよ、おじちゃん。」



と、弟分のために置いたグラスにビールを入れてやります。


屈託のない笑顔に癒やされておりました。












メタルダーの話し、面白いこともあるのですがこんなお話しもたまにはいいかなーと。


地震で何万という人が亡くなり、その方達一人一人に必ずこういった悲しさがついて回り。


でも、何事もなく地球はぐるぐると時を刻むのです。

当時気がおかしくなりそうだった私も、現在多少の後遺症は出ておりますが笑ってこのことを話せるようになっています。






大きな宇宙の中で小さな銀河系、その中の小さな太陽系、その中のもっと小さな地球。


そこで目に見えないほど小さな何かが生まれて何かが消えて。



どーでもいーよーな、そんな些細な。


ちっぽけな・・・・








どうせちっぽけなんだから精一杯暴れますわ。

正しくて美しくて、死ぬ時に絶対に後悔しないで済むように。

心は宇宙よりもぜんぜん広いんじゃこりゃー的な。



皆必死なのよね。


生きるとか死ぬとか。




わかりませんわ。

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6 Comments

へから夫人 says..."突然そうなるんだもんね。"
この話、えんさんのお話、四川省の大地震で死に際に残されたメッセージ。
何度読んでも涙がにじみ出てきます。

祈り。

キリスト教徒ではありませんが私も、今、祈りたいことがあります。
早く元気で元に戻って欲しい人がいます。

そして・・・・「新しいヘルメット、買おう。」と思いました。
2008.05.26 22:16 | URL | #no8j9Kzg [edit]
礼子ちゃん。 says...""
こんにちは、妹尾さん。
悲しいお話ですね。
私も、高校の友達が、病気で早くに亡くなられて
悲しかったです。
自然の力には、勝てませんね。
私も、高校の友達の分と、多くの方たちの
ために、せいいっぱい生きたいと思います。

四川大震災の、ご冥福をお祈りします。
2008.05.24 13:42 | URL | #OLHiJ7es [edit]
えん says...""
 悲しいお話ですね……なんだか必死で読んでいました。
 弟分さんのご両親のお気持ちを考えるだけで涙が出てきます。

 子供は本当に、想像を絶するほど可愛くて大事でたまらないものです。
 それを知ってしまった今、震災も事故も怖くてたまりません。

 私が阪神大震災を被災した当時はまだ中学1年生で、怖さ半分、お祭り気分半分という、まだ子供でした。
 私が避難生活を送っていた体育館では小学生の子守を中学生の私達がしていたのですが、子供達は親の迎えがきて徐々に減っていく、その一方で迎えがこない子供がいました。
 私が担当していた男の子は親と連絡すら取れておらず、言葉を失ったように大人しくしていました。
 泣くでもなく、怒るでもなく、反抗することもなく、ただ黙って何かに耐えながら大人の指示に従っているその姿は今思い返してもとても悲しい姿でした。
 当時はまだその深刻さが私にはわかっていなかったので、子供ながらに必死で元気付けようと体育館の遊具で遊んだ記憶があります。
 私にだけ心を開いてくれるようになって、非常に気の合う友達になれました。
 しかしそのうち、私が不在の間に親ではない誰かからの迎えがきて、挨拶もできないままいなくなってしまい、それきりです。
 あの子は今頃どうしているだろう、どんな大人になっただろうと今でもたまに思い出します。
 人の運命って、理不尽なことばかりですがその中でも何かしらできることはないかと、足掻きながら生きていたいです。
 
 自分の話をしてすみませんでした^^;
 
2008.05.22 05:45 | URL | #su7LfdQk [edit]
氷室 静 says...""
自然の力の前にはとても自分小さいですが
心の器は大きく持ちたいと常に願っております。

私にも若くして亡くなった友達がいます。
生きし者の寿命は決まっていてそれも
運命だと受け止める人もいますが
水は低いほうへしか流れないと決め付けないで
黄河の瀑布(スケールでかっっww)の如く
小さいながらに反逆して頑張って生きたいと思いますw
2008.05.21 21:32 | URL | #- [edit]
隼 says...""
楽しいことがあれば悲しい事もある・・・・・

物事の裏側はそうだと思います。

人生とは何が起こるかわからないですね・・・ いまの今まで元気だった人が明日になると亡くなっている。 私は何度かそういう経験があります・・・・・ 

運命とは時に残酷だと。私は思ってしまうことがあります。

・・・・運命って一体なんなんでしょうね?・・・・
2008.05.21 15:05 | URL | #- [edit]
らりるれろ says...""
つД`)・゚・。・゚゚・*:.。..。.:*・゚
泣けました。 あの作品の裏にはこんな悲しいことがあったんですね。
僕もバイクに乗るので気をつけようと思います。
たまに神様を恨みたくなります。 なぜあの人なのか、なぜあの人達なのか。
考えてもしかたのないことかもしれませんが。
2008.05.21 14:15 | URL | #- [edit]

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2008.05.21 18:12