・・・されど役者的妹尾blog

太く拡げよう僕の細道   since.2006.4.14
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ぱーちー行かなアカン…



行って参りました。

鈴村展弘監督主催のハロウィーンパーティー。

仮面ライダー系を大量にとっておられる大監督!


鈴村監督にお会いするのも、仮装パーティーに参加するのも初めて。

化ける方はね、もう簡単な帽子とかバッグとかを身につけて勘弁してもらったのですが、そら皆さんはなかなか気合いの入った仮装をされておりました。

ハロパーチー

50過ぎのおじさんとしてはとても敷居が高くかんじられたのですが、


「全然へーき。気にしない!」


って若葉要さんという友人役者さんに誘って頂いたのですね。

忘年会のノリじゃないことは確か。

ま、いっか。


「ね、ね、ハロウィーンってなに?」


って聞きましたところ、たくさんの説明をいただきましたが今ひとつ要を得ず、まあ魔除けみたいなもんかな、と。


「泣く子はいねがー!?」


の欧米ばーじょんですか?

まあとてもこの世界に詳しい方とかとお話しできてとっても充実した時間を過ごせました。

緊張気味に伺ったのですが全く大丈夫だったですわ。

因みに自分の写真は自分の意思で自粛させていただきました…。





**********************************

<麻呂のお話 最終>


「妹尾さん、麻呂君はね、すごく頑張ったよ。
 でもね、こんな状態にまでしか戻れなかった。

 これは誰が悪い訳でもない。
 覚えているとか覚えていないとかじゃなくて、生き物として脳が働いていない。

 食べることも飲むこともできない。
 嗅覚や聴覚もあやしいね

 こうやって泣き叫ぶことしかできなくなっちゃったんだよ。

 
 麻呂君はね、子犬としての幸せを、短い時間だったけどとても充実して過ごすことができた。
 ものすごく嬉しいことだったと思う。

 妹尾さんに愛されて喜んでいるよ。
 あなたに飼ってもらえたことに感謝してるよ。
 私が誓っても良い。

 犬という生き物は人間社会にはめ込まれて共存しなきゃならない。
 不自由なことや人間の規則をたくさん覚えさせられる。

 でもね、唯一人間よりも特権を持っているとすれば、それは苦しみや辛さから逃れる方法があるってことだ。

 もちろん、それを決めるのは飼い主だけどね。

 妹尾さん、あなたと麻呂君は本当によく頑張ったよ・・・」









麻呂13







診察室の椅子の上。

私の腕の中で、多分私を認識していないであろう一匹の子犬が泣き叫んでいます。




痛いんだろうな・・・


苦しいんだろうな・・・










小さな身体に、二度目の奇跡は起こりませんでした。







「もっと早く楽にしてあげればよかった・・」




こんなに苦しい思いをさせてしまった自分の決断を恨みました。











ずっと一緒にいたかったから?


愛していたから?







それは私からの一方的なエゴだったのかもしれません。


本当の意味で麻呂を思いやっていたのだろうか・・?




















<安楽死>


私にはもう選択肢は残っていませんでした。

苦しみから解放してやりたい。


先生の薦めもあり、その日は一晩家に連れて帰り、最後の時間を過ごすことになりました。

一時的な鎮痛剤が効いているのか、痙攣と叫びは収まっています。







見慣れた、思い出がいっぱい詰まっている私の部屋で。


何度も何度も謝りました。




「ごめんな、麻呂。苦しめちゃってごめんな。」




食べもせず、飲みもせず、ただじっと私の膝の上にいる麻呂に。



優しく、ゆっくりと時間をかけて身体を撫でてやりました。




麻呂への感謝と。

誰かへの言い得ぬ恨みと。

思い通りにならないもどかしさと。



私は声を出して泣きました。





・・・・?


麻呂はおもむろに起きあがろうと身もだえをし始めました。




<どうしたんだろう、何がしたいんだろう? どこかが苦しいのだろうか?>




歩くことのできない麻呂が力を振り絞って顔を上げ、私に目を合わせました。

それは笑顔だったように見えました。




そして。

驚きました。

麻呂は下あごで自分の身体を支えるようにして、両肩をねじりながらどこかに行こうとしています。




<!!>



麻呂は自分が教えられたトイレに向かっていました。

そこまで50cmほど。

ずいぶんの時間をかけてたどり着きました。



トイレの中に身体を入れることはできませんが、顎がそのフチに届きました。

寝たまま、わずかながらのおしっこをしました。

私の顔を見上げます。






「お兄ちゃん、なんで泣いてるの?
 僕、おしっこちゃんとできたよ!
 偉いでしょ!
 いつものように誉めてよ!」





!! 脳が壊れてる? ・・・・あり得ない、ウソだ!!





「偉いなー麻呂! おまえは世界で一番お利口さんな犬だよ!

 でもね、麻呂、もう良いんだよ、もういい。

 頑張らなくて良いんだよ。」






心が裂けました。

いくら我慢しても、強い声を出してやろうとしても私にはできませんでした。


流し続けているのに、まだ涙が止まらない・・・



麻呂12














翌日、病院のまだ入ったことのない部屋に通されました。

色々な注射のための機械が麻呂につながれていきます。



見ない振りをして、先ほど買ったシュークリームを口に運んでやります。


一口だけ食べました。











まだ元気で、いつも一緒に走り回っている頃と同じ口調で話しかけました。


今、この時に、私はいかなる理由があろうとも悲しい呼吸をする訳にはいきません。







「麻呂は良いねー、これから麻呂が行くところはね、いつもの公園よりも広くてお花もいっぱいあって友達もたくさんいて、すごく楽しいところなんだよー。

そんなところに行けていーねー!

・・・麻呂はいいなー。

楽しいぞー、めちゃくちゃ楽しいぞー。

お兄ちゃんも一緒に行きたいんだけどね、まだもう少しやらなきゃいけないことがあるから、麻呂は先に行ってていいよー。

あー、羨ましいなーいいなー、麻呂は・・・。」















この時だけではなかっただろうか。

自分がよく頑張れたと思ったのは・・

大きな声を出して笑いながら話し続けました。





機械の準備が整ったことを看護婦さんが目で知らせてくれました。





私は麻呂を顔の高さまで抱き上げ、キスをしました。


麻呂の目はうつろではありましたが、しっかりと私を捉えていました。


そのまま再び笑いながら話しかけます。

安心させるために。







「麻呂、行ってらっしゃい!  


 楽しいんだよー!


 いいなー!」





看護婦さんに合図を送りました。



決断。


しなきゃならない。


長引けば長引くほど麻呂の苦しみも・・・


愛しているからこそ殺す・・・

大好きだからこそ殺す・・・





・・・なんじゃぁ、そりゃ・・・・





麻呂8





身体に流れ込む薬に逆らうように固く動いていた麻呂は、母親のお腹に戻るかのように落ち着きを取り戻していきました。



痛みと苦しみから解放され、どっと柔らかく、柔らかく。







叫びます。


「いいねー、麻呂ー!

 おまえはいいねー!

 ・・・大好きだよー麻呂、大好きだよー!

 向こうに行ったら元気な身体になっていっぱい走り回れよー!」







麻呂は私を見つめ、哀しくもあり楽しくもあり・・・とにかく、私と見つめ合いました。


麻呂が何を言っていたのか・・・唯一聞き取れませんでした。









心電図の波長が弱々しくなっていきます。


痛みを感じなくなっていくのが私にも伝わります。


そして。






生を受けて八ヶ月。






麻呂は、私の腕の中で安らぎを取り戻していきました。


















永遠に愛する -麻呂に捧ぐ-

2008年10月2日




                                <続かない>


























後の書き


ずいぶんと長いこと引っ張っちゃいました。

ごめんなさい。



ふぅ。

辛かったわー。

麻呂が旅立って、この10月22日で6年になります。




麻呂11




この<麻呂のお話>は、私たちの関係を永久に残していくための確認作業として始めました。

ですから、いっぱい読んで欲しいってよりは、内々的な作業と考えております。

大の大人がたかが犬のことで・・・なんてお叱りを受けるかもしれませんが、まぁ、私ゃそのくらいの人間なのでご勘弁頂くとして。

パソコンの前に麻呂の写真を置いて書きました。

マウスパッドは、生きている頃、麻呂の写真で作った物です。

病気になってからの麻呂は一枚しかありません。

一度目の手術が成功して退院してきたときの物です。(先日アップしてあります)

<思い出作り>みたいになってしまうから撮らないようにしていました。

絶対に完治すると言い聞かせてましたし。

思えば、麻呂は状態が良くなった一ヶ月は<取り戻そう>としていたのではなく、<生き急いでいた>のかもしれません。



いつまでも引きずっているつもりはありませんでしたが、それ以上に忘れてしまうことが嫌だったです。

今回これを書いてみて安心しました。

ちゃんと生きてる、麻呂。

匂いまでしてきましたし。

そして、書きながら何度となく泣いてしまいました。








人間ってなんだろね?

そんなに偉いんかね?

私も最終的なところで結局殺してるんですけどね。





麻呂は生きていくことのしんどさ、それだけで大変なんだよって身をもって教えてくれました。

絶対忘れねぇもの。




安楽死させるときに、3本くらいの注射をうって、それがチューブを伝わって血管に入っていくのですが、今やる!って決めなきゃ1年かかるって思いました。

麻呂が楽になるから、助けるからって気持ちがなかったら決断なんてできてませんでした、きっと。

最後に、「麻呂はいいなー。」って声出しているときに、係の看護婦さんが号泣していたのを必死で手で制していました。

台無しですから。

ですが、ちょっとだけ救われた気持ちにもなれました。




当時、まぁ今でもですがこんな風に考えるようにしています。



「麻呂の病気を治してやるには、ものすごく強い薬を飲まなきゃならない。

 効き目は抜群。

 絶対に治る。

 だけど、副作用がある。

 それだけ効くんだから、副作用も強い。

 それは、俺が見えなくなってしまう・・・て副作用。

 でもね、苦しいのとか痛いのとかどうしても治してあげたいから。

 そこだけ、そこだけ我慢してね、麻呂。」









麻呂を支えてくれ、そして壊れかけていた私を支えて下さった病院の先生やHさん、友人、皆に改めて感謝の気持ちを伝えたいと思う。

ありがとうね!






あとがき********************

生き物を、命をこの手で責任を持つってことは大変なことなんだよ、と。

何歳になっても、それは変わることがなく大切な意識だと。

私のような人間ごときが高慢に動物と接しないように注意し続けます。



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2 Comments

seitaro says...""
ペットとはいえ、人間が勝手に生死を決めてよいのか、難しい問題ですね。どう思っているのか、どうしたいのかなんて結局はよく分からない。決断は難しい。長く生きられなくても、何とか生かしてあげたいと思うのは飼い主のエゴなんでしょうか・・・。

動物や人の死に向き合う時、自分がムダに生きている気がして仕方がない。でも、生きている人はどこかでずっと覚えてて、引きずっていくものなのではないでしょうか。うまくはいえませんが・・。

麿ちゃんが幸せであったと思いたい。
2014.10.29 16:07 | URL | #- [edit]
へから夫人 says..."泣くには訳があって"
涙涙ですね。

5年くらい前にママ友が亡くなったんですが、ここ最近で一番泣きました。

もっと最近に99歳のおじいちゃんが亡くなったときなんて、「ありがとう」がいっぱいで、
ほとんど泣いた記憶なし。

でも、このママ友は、同じ年で本当に綺麗なお母さんでした。
心臓に持病があったらしく、お通夜、綺麗な寝顔を見ながら、
「生まれ変わってくるときは丈夫な身体を貰ってね」と言いながら
とにかく枯れるまで泣いたのを思い出しました。

丈夫な体に生まれてくること。
それは、本当に尊いことですね。
2014.10.28 22:25 | URL | #no8j9Kzg [edit]

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