・・・されど役者的妹尾blog

役者道を邁進している人たちの稽古場風景。 最後に笑うのは自分だ,系。 だ-か-ら、やることやって言ってますとも!   since.2006.4.14
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祈る日



8月14日、ポツダム宣言(無条件降伏)受諾を国連に通達。

8月15日、国民に日本の降伏を公表。

よってこの日が終戦記念日となる…。



戦争について論ずるならば、色んな議論や理解が必要です。

私、ここでは表面的なコトだけ書きます。



たくさんの人が死んだ。

殺されたり殺したりした。



数の論理じゃなくて、その一人一人に深いストーリーがあるわけで、つまり、悲しみがたくさんあったという事実。

いいもん、悪もん、じゃなくて立場を超えて平等にあった。



私はそのことは望ましいこととは思いません。

ですから、終戦記念日とされるこの日に祈りを捧げています。

全て…というわけではありませんが、今の日本の平和のために礎になられた人が大勢いると思っています。


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もしも。

もしも、この国が徴兵制で、自分がその立場になったとき。

決してその枠から逃れることが出来ず、腹をくくるしかない!となったとき。

自分も、きっと将来の日本の平和を祈って命を捧げると思います。

この命をくれてやるから、頼むからもう二度とこんなしんどい時代が来ないようにしてね…って後人に願うと思います。

子供たちがゲラゲラ笑って過ごせる国になって欲しいって。



逆に言いますと、その落としどころしか思いつかないのです。




「あなたはなぜ死ぬことばかり考えるの?」
   (種を遺すための犠牲的精神)


「お前はどうして生きることばかり考えるのだ?」
   (種を遺すための実質的な防衛本能)




ってな、男女の動物としての本質の違いもすごくあると思いますが、自分の命と引き替えに家族や友人が守れた!ってなると死んだ甲斐もあったと思える気がします。



「俺は突進するからその間に逃げ延びて、しっかりと子供を元気に育ててくれよ!」



「うん!任せておいて。アナタがいなくなってもちゃんと育ててみせるから。」



みたいな。


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その後変りありませんか。私も相変らず、この田舎町の警備についてゐます。何の変りもなく・・・・・・
 弘美は丈夫ですか、靖彦はどうですか。
 もう歩けるかしら等と、時々夢に見ます。
 内地と異つて、何時弾丸が来るか判らない全くの敵地、元より、命は捧げてはあるものの、何時でも思ふものは優しい妻であり、可愛い子供であります。
 強い日本の女性として、否日本軍人の妻として、石よりも固い決心を持つて何事にも打勝つて下さい。
 そして靖彦も弘美も、立派な人間に育て上げてやつて下さい。
 よくある話にも、その蔭にかくれた涙ある事を知つてゐます。お前ならば必ず誰にも負けない妻であり、母であつてくれると確信してゐます。
 何一つの心配もなく、かうして御奉公出来るのも、一つにお前様のお蔭と、何時も感謝してをります。
 では弱い身体、充分寒さに気をつけて、元気に暮される様、戦地からお祈りします。
草々

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特攻隊で逝かれた方の遺書です。

数多くありますが、一つお借りして載せます。



私よりもずーっと年下の青年たち。

心を慮ると涙が溢れてきます。

そして気合いが入ります。

この国が…っていうか全部の国が、人間同士が殺し合わないでよくなってほしい。

当たり前のことなのにあり得ないほど難しい。

業と業のぶつかりは命を凌駕してるんだもの。



せめて念だけでも拡散させます。


だから、そういう意味を込めて黙祷をさせてもらいました。


終戦

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1 Comments

へから夫人 says..."そこにはたくさんのドラマがあった"
何処をつまんでも、ギリギリでドラマや映画になれば、涙が止まらないような話ばかります。
ギリギリ。生きるか死ぬかのギリギリのところで、一生懸命に生きてた方々がたくさんいて、命を落とされた方もたくさんいて・・・。

私の祖父は少佐をしていたらしく、そのおかげか父親の家族は皆戦後ばらばらになりながらも、実家で再会できたそうです。
祖父はシベリアに捕虜として捕まったこともあったらしく、その時に、部下が自殺しようとするのを、止めたこともあったそうです。
「生きて帰らなければ意味がない」と。
終戦を迎え、生きて帰って来れたこと、自害を止めてくれた祖父への感謝の手紙が届いたこともあったと聞きました。
「永遠のゼロ」をみて、わんわん泣いてしまいましたが、自分の身近な祖父にさえそんなドラマがあったのだと思うと、
複雑な思いでいっぱいになります。

知られていないだけで、たくさんの人が、そんなギリギリの状態の中でたくさん闘っていたんだと知らされると、平和を願わずにはいられません。
2014.08.21 20:16 | URL | #no8j9Kzg [edit]

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