・・・されど役者的妹尾blog

役者道を邁進している人たちの稽古場風景。 最後に笑うのは自分だ,系。 だ-か-ら、やることやって言ってますとも!   since.2006.4.14
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二番目の誕生日なのか?



師走です。

12月1日。

この日は私にとって特別の日です。

もしかしたら後天的な、私の二番目の誕生日…なのかも知れません。



人生の中で何度か体験したある事故のうち、自分が被った最悪の交通事故を起こした日です。
(このブログでも過去2008年12月1日に書いておりますが…)

100%自分が悪いのですがね。

超久しぶりに、ちょっと詳しめに書いてみます。

昨日のことのように覚えてますもの。



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18歳、上京して初めての年の暮れのことでした。

12月1日。

友だちに借りたおんぼろ車で、山梨県某所に夜中にドライブ。

意味は無く、単に暇つぶし。

場所も適当に幹線道路を走っていたら、



「この先の方に俺の出た高校があるから向かってみる?」


っていう提案に乗っただけ。

その友人ともう一人、都合男三人で。

火葬場と病院と、やけにオレンジ色っぽい月が湖を照らしている…といった風景が鮮明に思い出されます。

なんだか気持ち悪いほど生ぬるい空気で、寒さを感じない夜でした。



きらきら光っている湖の水面が、てっきり道路に設置されている街灯だと思い込んでました。

まっすぐその灯りに向かって加速。

実は道路は左に大きくカーブしてて、私は湖にまっしぐら!ゴールデンレトリバーなみに水に突っ込んでいってたのね。

あ、ちがう!って気付いたらかなり手遅れで。

急にハンドルを切ったけど、当たり前のようにブレーキは間に合わない、しかも加速中ってんで車が片輪走行になり、左側の車体がふわっと持ち上がりました。

助手席の友人が私からは左上に見えます。

ガードレールなし。(この事故の後に設置されました。)

あ、こりゃ山肌を転げ落ちていくな、かなりヤバいのねって理解できて。

友人を殺すわけにゃいかんぞと、とっさに左手を伸ばして助手席のドアノブを握りしめました。

腕の安全ベルトね。


「おどれのどアホさで他人様を殺したら間違いなくおまえも殺すからの。親御さんにも人様に顔向けできん。」


という、ガキの頃から徹底した父親の刷り込みが脳みそにしみこんでおりましたのね。

そうしましたら神の助け! 対向車線に一台の車が。

ゆっくり普通にこちらに向かって走ってきます。

運転手のおじさんがめちゃくちゃびっくりした顔をしてるのがはっきり分かる。

私の乗ってる車は斜めに浮かんだままそのおじちゃんの車に刺さるように突っ込んでいきました。


この間、どのくらいかしら?たぶん1~2秒ではないかと。

なのに、ものすごい情報量が頭の中に残っています。

ゆっくり、無音で記憶されています。

ドン!っていう大きな音の後にクラクションが鳴り響いていて。

何故か顔が外気に触れていて、腰を引くと運転席に戻り自分の上半身がガラスの外にあったことを認識。

ハンドルに口をぶつけてたたき割り、そのまま顔からフロントガラスを突き破って出て行っちゃった。

体中が熱いけど、不思議と痛みは無い。


「あ、友人は?相手のおじちゃんは?」


なんて気になって。



外に出ようとしてドアを押したら、エンジンルームがゆがんで回り込んできてて開かない。

クラクションが鳴りっぱなしなのでハンドルらしきモノをガンガン引っ張って音を止めて。

ふとバックミラーで自分の顔を見たらかなら面白いことになってる。

一番笑けたのは長さが20cm以上ありそうなガラスがプスプス頭に刺さっていること。

頭半分、右側の髪の毛がくるくるって丸められて、皮膚と一緒に後頭部の方に捲り上がってた。

スピードメーターを見たら△△な数字だったので、そのガラスを一枚抜いて、すすすっと良い感じのスピードに戻して。

なんとか外に出て、人間を救助しなくちゃってんで歩き出すと大丈夫。

足は動く。

けど、流れ出た血で靴の中が満杯になって、歩くとガポガポ音がしてて。

後部座席と助手席に座っている友人を引きずり出し、相手の車の運転手さんに声を替えて手を貸そうとしましたら、


「触るな、血がつく!」


って一括されたのを覚えています。

そりゃそうだ。

いい迷惑。

めちゃくちゃ起こっていたけど、ケガが無いんだと分かってホッとしましたもの。



一方、自分は…ちょっと血、出過ぎじゃねーのか?という不安もありましたが、とにかく誰も動かないので私が救急車呼ぶしかない。

ガポガポ歩き出し、走ってくる車をどんどん止めてお願いをしました。



「すいません、救急車を呼んでください!」



ってものすごくはっきり丁寧に言っているつもり。

なのに、多くの人がものすごく気持ち悪そうに、


「はああ?なんて言ってるの?救急車?よしよしわかった。」


的な2歩ほど遅れた対応。

すぐに理解できました。

歯も折れて上下で8本ほど内側にめくれ上がっていましたし、下唇はだらりとぶら下がって皮一枚。



「ひゅいあへん…ひゅーひゅーひゃひひはい、ひょんへひゅははい。」
(上の台詞と同じ意味)


って言う風に聞こえていたみたい。

ゾンビみたいな血だらけで、頭にガラスが刺さって唇ビローン、目ン玉くりくりの頭蓋子と丸出し大男が
いきなり話しかけてきたらどん引きしますもの。

ある車のおっちゃんは、私とくしゃくしゃになった車を見比べて、はっきりこう言いました。



「ああ、お前もう駄目だわ。無理だろ、それ。」


で、ブーンて行っちゃったのね。

色んな人がおるもんです。


携帯電話の無い時代ですから人様の人情に頼るしか無い。

数人の人が呼んでくれるって言ってくれたので、なんか安心して道ばたに座り込みました。


ふうっと息を吐いて何となく空を見上げるとまたしてもオレンジ色のお月様。



「もうええやろ…気色悪いっちゅうねん。」



やることが無く、熱かった身体もだんだんと冷えてきて。

血はじゃんじゃん出てくるし。

自分は生きられるのかどうかを試してみようと。

普通に客観的に見れば無理っぽい感じだもの。

右のほほを思い切りグウパンチしてみました。

全然痛くない。

やばい。

大きく傷ついている側だったので、神経がおかしくなっちゃったのかな?と気を取り直し左のかををすぐそこに落ちていた石で殴りつけました。

めちゃくちゃ痛かった。

折れた歯にも痛みが走り、嬉しくなりました。


「まだ生きれる。」

ペガサス


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不思議なモノです。

私はこの後、友人の脳みそを拾い集めたり、親、先輩、動物、半狂乱に涙を流すような愛する者の死を見送ったりすることになるのですが、本当に不思議に感じることがあります。

人ってものすごく簡単に死ぬ。

あれれ?ってなくらい簡単に。

でも、しぶといこともある。

奇跡の生還、素晴らしき生命力。



この事故の時、検分に来たお巡りさんたちは死んだと思ったらしいです。

手術してくれたお医者さんが笑って教えてくれました。

そのくらいめちゃくちゃになった車…から誰も死なないで生き残ることが出来ました。
(しつこいですが、友人や相手の方は大迷惑)




もうね。

生きてるって言うより、命をコントロールされてるって感触を身をもって感じましたもの。

逆らっても無理。

だから、生きていることにはきっとなにかの意味がある。

やらなきゃならない役割があって、まだその役目を果たしてないんです。

だから死なない…終わらせられない。

コントローラー



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後日談ですが、入院中に看護婦さんたちや一緒に入院している患者さんたちとものすごく仲良くなり、けん玉や人生ゲームで博打大会を毎夜開催していました。

おじちゃんやおばあちゃんに食事を食べさせてあげる係もやりました。

お年寄りは小食なので、残ったご飯をもらえるからです。

歯が痛くて噛めないのですが、のどの奥に突っ込んで口の中で溶かしながら色んなものを食べてました。

因みにこの時の自慢は…歯は治療してもらわず、アロンアルファで自分でひっつけました。

そのまま現在に至るのです。エヘン!


おしりの肉を頭に移植させ、数日かけてひっつくだろうと言われた者を根性でひっつけてやると宣言し、本当にすぐにひっちたので医者が驚いてました。

調子に乗って病院を抜け出し、近くの焼き肉屋さんに包帯巻いたまま食べに行き、レバ刺しでビールを飲んだら傷が開いて出血、もう一度おしりのお肉を引っぺがされることになったのも良い思い出です。

先生が、


「ウチの病院にはプロレスラーもよく治療にくるけど、あの人たちに舞えてない治癒能力だね。」


って褒めてくれましたもの。

他にも車いすでチキンレースをやっていて階段から転げ落ちて脱臼したり、いろんなことがありました。

ただの落ち着きの無いやんちゃ坊主、クソガキです。


移植した皮もひっついて、顔から包帯が減っていった頃、先生が


「右目がつり上がって変な顔になるから後から形成外科で治療しなさい。」


と言われていたのですが、あんまり気にしなかったら普通に戻りました。

大体3ヶ月ほど入院と言われていたのですが、11日という短い入院ですみました。

そのあとの通院もほとんどバックレて、なんかそれでも元気になったので良しとしています。

若くて体力が全開だったから…ですね。




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毎年。

本当に毎年12月1日になるとこのことを思い出すんです。

で、心を落ち着けて、自分の役目を思い出す、練り直す…。

事故から32年も経つのにまだはっきりと見えないのですがね。

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1 Comments

へから夫人 says..."No title"
何度読んでも、息をのむ話です。


こわいわ~。すごいわ~。



身近な人を亡くすと、本当に悲しくて悲しくてしょうがない。
でも、精いっぱい、悔いのないように弔うことしか出来ないのです。
精いっぱいのことをする。

それしかないんですが。

妹尾さんを見送るのはまだ50年くらい先にしたいと思っていますので、
命、大切にしましょう。
お互いに。
2013.12.02 12:01 | URL | #no8j9Kzg [edit]

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