・・・されど役者的妹尾blog

太く拡げよう僕の細道   since.2006.4.14
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琴線…鷲掴み

誇りと矜持をもって生きる。


世の中にはそらもう数え切らんくらい悪人がいて。

めちゃくちゃたくさんいて。

そいつらが大もうけしてて、正直者が馬鹿を見てて…ってな構図、よく聞くじゃないですか。


振り込め詐欺なんかにしてもそうなんでしょうが、本当にね疲れちゃうんですよ。

もう全てがばからしくなるっていうかね。


今の世は、あるタイミングでボタンを一つかけ間違えただけで人生が決まってしまうほど。

きっかけや情報、そういったものが大きく作用してきます。



そういった縮図のようなものを見たり聞いたりずっと続けていますとね、だんだん麻痺してきてそれが当たり前になるか、もしくはバランスを崩して何かを崩壊させるか、なんですわ。

私の場合は後者です。



特に<何だかなー…>って思うことが増えたこの年齢、全くもって不惑なはずなのに余計に惑い始めております。



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昨日。

ちょっと展覧会に行ってきました。

江戸東京博物館 。


モースが見た庶民のくらし 明治のこころ

http://www.asahi.com/event/morse2013//



この時代が大好きなので、展示物に興味があるのは当たり前ですがまあそれは個人の趣味なので割愛します。



龍馬たちが亡くなってちょい後、江戸から明治に移りゆく時代。

アメリカから来日したエドワード・モースっちゅう教授がですね、日本の美しい精神や文芸、技術に惚れ込んでしまってたくさんのものを持ち帰りました。

それがお目見えになっているのですが、




「あああ、この人、本当に日本のことが大好きだったんだなー!」




って思わせる言葉をたくさん遺してあります。

文学的に…とか芸術的に…とか一切関係ないものを持ち帰っておりまして。

当時の日本人の暮らしぶりがうかがわれるのはもちろん、焼き海苔(食べるやつ)なんて缶が未開封のまま保存してあったり、店の軒先の看板をもらって帰っていたり…すごいもんですわ。





で、私は何に感動してしまったかと言いますと、彼の遺した言葉です。

走り書きのように書かれているその言葉に、私は自分の中で溶けてしまおうとしている大切なものを再度拾い上げることが出来た…ように感じているんです。



「東京は人口百万に近い都会である。
 古い名前を江戸といったので、以前からそこにいる(外国人たち) はいまだに江戸と呼んでいる」



くらいのタッチで始まりました。



「ほほう、なんか肌感覚な言葉で面白そうね…。」


「絶え間なく聞こえるのは固い路で カランコロンと鳴る下駄の音と蜂がうなるような話し声」




他にも、瓶付け油や髪結いのこと、お歯黒などと言った日本独特の文化を心地よく受け止めているのが伝わってきます。


「私は、迷子になろうと決心して、家とは反対の方向へ歩き出した。
果して、私は即座に迷子になり、さまよい歩いた。
日本の町の街々を さまよい歩いた第一印象は、いつまでも消え失せぬであろう」



「この地球の表面に棲息する文明人で日本人ほど、自然のあらゆる形況を愛する国民はいない」


この言葉を目にしたとき、私はまず足が地面に張りついてしまいました。






「箸の使用法を覚え込んだ私は、それを、およそ人間が思いついた最も簡単で且つ経済的な仕掛けとして、全世界に吹聴する」

ううう、箸の説明をこれほど優雅に好意的に表現できるんですね。




「いくつかの盆の上にひろがったのを見た時、私は食物に対すると同様の興味を、それ等の盛る各種の
皿類に対して持った」



北大路魯山人の心を持つ西洋人。

何とわびさびの心を解する…恐れ入ります。




「日本人の清潔さは驚く程である。
家は清潔で木の床は磨きこまれ、周囲は奇麗に掃き清められている」


耳が痛いです。




「私は世界じゅうに日本ほど赤坊のために尽(つく)くす国はなく、 また日本の赤坊ほどよい赤坊は世界中にないと確信する」


赤ん坊を投げつけるバカ親、この当時は道だったんだろう。





「芸術家と工匠との間の区別は、極めて僅かであるか、或は全然無いかである」

展示品の、例えば子供のおもちゃとか、ピーラー(まじであった)、ミニチュア模型を見ると分かります。

ソルバニア…だとかどこかに吹っ飛んでいくほど美しくて、そして精巧に作られています。

私、目を疑うほど細かくてすごかったですもの。

そら、このおっさん驚くのも無理はないです。





「萱葺(かやぶき)屋根の葺(ふ)きようの巧みさには、いくら感心しても感心しきれなかった。
こんな風なことに迄(まで)、あく迄よい趣味があらわれているのである」





これや




「日本人は造園芸術にかけては世界一ともいうべく、彼等はあらゆる事象の美しさをたのしむらしく見えた」


これも。




「労働の辛(つら)さを、気持ちのよい音か拍子かで軽めるとは、面白い国民性である」



駕篭を担ぐときのかけ声や、農作業のときにかける声、歌などをこのように表現しています。

ものすごくひいき目だとも思いますが、とにかく気分がいいんですね。



だんだん最後の方になりますと、心情的な言葉が増えていきます。




「人々が正直である国にいることは実に気持ちがよい」



超、直球ど真ん中のストライクですね。

これほどスッパリ言い切られるとむずがゆく、そしてちょっと恥ずかしかったりもします。






(外国人が)道徳的教訓の重荷になっている善徳や品性を、日本人は生れながらに持っているらしい






こんな風に締めくくられています。


なんか………恥ずい…。

そんな風に思ってくれていた人がいたんだね。

自分が情けなくて、へんてこりんな涙が出そうになりましたわ。

今はちょっと変わってきちゃっているかもしれないけど…ぶれるのよそう。

日本人としても矜持を胸に叩き込み、背筋を伸ばして、ちゃんと生きようと。

生きてみようと。

それが自分の目指していた武士道なのかも。







モース1








損してもいい、己が信じて、ずるくない生き方を選ぼう。


そしてこの人生を閉じるときに、思い切り胸を張ろう。



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1 Comments

へから夫人 says..."そのとおり!"
この記事の中に散りばめられたいろんな言葉を、
私も忘れたくないです。
2013.10.19 09:35 | URL | #no8j9Kzg [edit]

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