・・・されど役者的妹尾blog

太く拡げよう僕の細道   since.2006.4.14
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鈴村監督のパーチーと教訓

9月1日。

氏神様にお朔日(お一日)参りに出掛けます。

これは多分20歳くらいの時からずっと続けてて。

私の場合、あまりにも汚れや穢れ、世間の垢が多すぎますので月一ペースで浄化しないと息苦しくて死んでしまうからですね。


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さて。

先日、何かとお世話になっている(仕事以外で!)東映監督の鈴村さんの25周年パーティーに出掛けて参りました。

土屋兄弟をはじめ多くの教え子ヒーローに囲まれて、大変幸せそうな和気藹々としたパーティーでした。

健康に気をつけて、これからも大量な良作と酒に励んでもらいたいものです。

とてもほほえましくて、暖かいパーティーでした。

私とジバン日下君、ジライヤ筒井さんもそろーっとお忍びで参加させていただきましたのね。

スタッフさんやMCの方々に気を遣わせたくない思いでしたので、三人で変身してサプライズ的に参加させていただきました。

パーティーが終わってから監督にご挨拶。
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(左からジバン日下、ヒッピー妹尾、笑顔監督、探偵筒井…敬称略)

皆さんに悟られぬよう早々に退散してきました。

もちろん〆のラーメン、餃子ビールは3人で味わいましたさ。

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良い空気を味わわせていただきました!


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またしてもちょっと懐かしい写真を見つけて下さって…。

多分、20代後半だったと思います。

必殺仕事人シリーズ…これはよく呼んでいただきました。

今は亡き藤田まことさんに親切にしていただいて…。

とはいえ当時、京都の時代劇の撮影はなかなか気が重かったんですね。

東京の俳優さんで、京都の仕事には行きたくないという方が多いのも事実でしたが、私の場合関西特有のルールというか空気には精通しておりましたのでそのあたりは問題ではありませんでした。

スタッフさんとも打ち解けてやれておりましたし、怖いということではなかったんですが。

一度行くとなかなか帰京できない、寒い、撮休の日にパチンコで負けすぎる、酒代が高くつく、不思議とクリスマスの時に重なる(数年連続)…等々の理由で。

今思うと何とも贅沢なことをぬかしております…。

時代劇は本当にたくさんやらせていただきました。

長ーい1シーンの殺陣回りや、時代背景を考慮した所作、共演者との出会い。

そういえば怪我もしました。

エキストラの人に右まぶたの上を切られて白い肉がぺろーんと出てきて。

そのときは血がドバドバ出てきて大変な感じだったのですが、私が斬り殺されるシーンなので芝居を続けてOKの声がかかるまでガマンしてました。

目を開けて死んでいた?ので、どんどん視界が血で赤く染まっていくのが分かります。

良きところで声がかかり、すくっと立ち上がって叫びました。


「監督、リアルでいいでしょ!?」


どうやら顔が真っ赤に染まっていたようです。

毛細血管のいっぱい詰まってるとこ、目ぇ-!だったので衣装も顔も真っ赤、目の上からじゃばじゃば垂れ流していたようです。

カチン!て割と大きな音が響いていたので刀が私のどこかに当たったということは皆さん知っているようでしたがここまで出血しているとは思わなかったらしく、


「あほ! そんなんどうでもええから早く医者!!」


って、包帯でぐるぐる巻きにされて近くの病院に来るまで運ばれました(後に聞いたけどヤブ医者で有名)。

そのシーン、使ってもらえなくて撮り直し、しかも怪我が治るのを待って一ヶ月後。

現場でめっちゃ怒鳴られていた彼は大丈夫だったのでしょうか?



あとは…セットの問題ですかね。

あの時代劇のセットって、かなりリアルに作るので史実にも忠実だったりするんですね。

だから小屋の出入り口なんかも当時の規格で狭いんです。

高さもないんですね。

ですから私の場合、気をつけてはいても芝居に夢中になるとカツラの上の部分をがんがんドアの上部にぶつけるんです。

走っている時なんぞはラリアット食らったみたいになって…軽いムチ打ち状態で後ろにすっころがってしまうんです。

立ち回りのシーンで、桶を積み上げているところに投げ飛ばされて突っ込んだりするのですが、その勢いでセットをなぎ倒してしまったり…。

まあ今思えば楽しいことなんですがね、若かりし頃の妹尾は贅沢言っていたわけですよ。

今は無くなってしまった時代劇に多く参加させてもらって良かったなーって、しみじみ思います。

必殺01

何日目かの撮影日、製作さんに渡されたのはウエットスーツ。

私が死体となって川に流されているシーンです。


「真冬やしな、凍え死ぬからこれ着とき!」


って。


「はい。」


と返事はしましたが、これね、私のサイズじゃない。

必死に伸ばしたり引っぱったりしても入らない。


「L寸でええやろ? なんや、あかんのか。それ、一番でかいやつやで。どーしよ…。」


真冬、一般の人には趣ある桂川の渡月橋。

段々に川が流れていくところを、まるで肉塊のようにごろんごろんと転がるようなむごい死に様が狙いの画だと。

覚悟を決めて言いました。


「よかです! 何も着んでよかです!! このまんごろんごろん転がって見せますタイですたい!!!」


「ほんまに死ぬほど冷たいぞ、お水!」


「よかたいじゃいきに!!!!」


必殺02

結論から書きますと、仕事じゃなくて本当に死ぬかと思いました。

冷たすぎて痛い。



「何秒かに一回はゴロンと回って、顔をカメラの方に向けるんやぞ! 誰のことか分からんからな。」

「多分カットの声も聞こえんやろし、観光客を上手く裁きながら撮るけど時間はかかると思う。 悪いけど船で助けに行くまで死体でいてくれ。 どや、いけるか?」


「当たり前だのクラッカー(昭和)ざます!」



泳ぐのは得意ですが、指先も口も目も足も全ての感覚がなくなるほど冷たいです。

頭もぼーっとしてくるんですね。

船の人、後はよろしくです。

何とか撮り終えた後、唇を紫色にして震えていましたら、



「ええ根性しとる。役者はそうでないとあかんな!」



と、大変お褒めの言葉をいただいたのを思い出しました。

ま、他に選択肢がなかっただけなんですがね…現代ならどういうことになっているんでしょう…もう少し優しい感じだと思いますが。

弥七2

弥七5

これは水戸黄門です、懐かしいなー。


京都太秦…当時、観光シーズンで宿がいっぱいになった時に製作デスクの方の家に泊めてもらったり、阪神タイガースの亀山君(弟)とめっちゃ仲良くなったりと…いろんなコトを思い出しました。

有り難うございます、JUNKOさん、そして時代劇!


ということで今日の教訓。


{ 京都の冬は遊泳超禁止、これ本当 }

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