・・・されど役者的妹尾blog

太く拡げよう僕の細道   since.2006.4.14
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プラトンとぴゅんぴゅん丸が懐かし


大変ご無沙汰をしております。




世間では優秀な頭脳をお持ちの緑のおばちゃんが新党を立ち上げて世間を賑わせておりますが。

色んなところからワサワサ集まって一つのチームができる様は、楽天イーグルスの立ち上げ時に被って見えてしまいました。




前々から私の持論として、セージカという職業の方は


「ワシの屍を乗り越えて行け!」


という迫力と気概、多くを救うという超正義感の持ち主にやっていただきたいと思っております。

流行の不倫なんかも昔は(英雄色を好む)なんていわれたりして一笑に付していた時代もありました。

肯定じゃありませんが、それにあまりあるほどの働き、世の人々のために尽力していれば誰も文句を言わんのではないかと。

ま、ね、今の時代そういうことを言っていたらアレなんでしょうけどね。

さしずめ私なんぞは虐待両親の元に育ち、学校では暴力主義の教育を受け、それを他人に押しつける最悪の人間でございます。

今後100年過ぎて、また時代がどう変わっていくのか。

美しくて正しいものの定義がどんどん変化していくので就いていくのに必死ですし、何ならついて行けてません…うう。


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またしても今年、懇意にさせていただいている方から北海道のシャケをいただきました!

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やったね!!

昨年もいただきまして、大量のイクラを醤油漬けにして楽しんだものでございます。

さて、今年のシャケは…とぱかっと腹を割ってみましたら!!
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ブッブー、外れ…元気な男の子でした。

それでもその辺で売っているシャケとは大違いのめちゃ旨極上サーモンです。

様々なお味で楽しませていただきたいと思います。

いやいや、でっかいから食いでがありますぞ。

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実を言いますと、今年に入りまして、実家(岡山県)との行き来が増えておりまして。

まあ楽しい話ではないですし、ちょっとネガなコトなので詳細は避けますが、私自身がいろいろと選択を迫られたり大きな節目を迎えているんだろうなと…そういう思いが大量に噴出してきまして。

いろいろと頑張っていかんといかんねー的な思考に陥りました。

今までみたいに、好きだからっていう理由だけで霞を喰って生活していくわけにも行かないんですね。

30年以上役者をやらせていただいているので、その辺のギリギリ感といいますか迷いや逡巡との戦いは死ぬほどやってきました。

めっちゃ多くの廃業する人たちを見届けました。

これ、当然正しい答えないですから各人の判断が一番正解です。

私の場合はでっかい壁に突き当たって、ちょっとずつ段舎利していったんです、心の。

で、自分をコーナーに追い込んでみました。

マッパになって考える、その方が進む道が見えてくるんですね。

うん、何とか理解できそうな感じになってきました。

ボクがんばる!


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懇意にしてる監督からオファーをいただきまして。

かなりの融通を聞いてもらえて某作品に出演させていただきました。

むむう…演出がきめ細やかで現場での戦いがとっても楽しかったですわ。

これ、簡単に言うと難しいってコトですね。

これだけの尺の中に、●と△と■と★をねじ込んで、しかも説明くさくない芝居…って一つずつ整理してこなすと話にならんので、空気を頭にたたき込んでその人間になる、みたいな。

台詞を言っている感触ってあんまり無くて、普通に俺が喋っている感覚。

そういうね、役者ーズハイに持って行ってくれる監督なんですわ。

ああ、きついけど楽しかった!

この作品で、東京の東の方の河川敷を使いました。

昔3年B組の人たちがロン毛の先生に教わっていた辺りです。

ここで、35~65才くらいまでのことをやっていたのですが、他の人が撮影中、テントでお茶を飲んでおりましたら


「あれ!?妹尾さん!!!」


ってめっちゃ透明でよく通る男の声が。

誰?って顔を上げてみましたら…昔一緒に芝居をしていた古堅クンではありませんか!

一緒にと言いましても私は演出の立場だったのですが、沖縄出身の古堅くんことプラトン君。

あまりにも素敵なセンスをしている子だったので、デビューでいきなり主役に抜擢しました。

とある演劇祭に出品する大切な作品だったのですが、思い切ってやってみましたさ。

稽古は当然めちゃくちゃきついものになりましたが、彼は必死に頑張ってくれて。

そんでもってその演劇祭、優勝することが出来たんですね!

たくさんのお客様に喜んでもらうことができたんですよ。

いやいやいや、本当に凄い才能の持ち主でしたし、なんと言ってもその


「なんくるないさ~!」


的な朗らかな人柄。

私もぞっこんでした。

そんな彼と7年ぶりの再会。

イヤー、偶然って凄いなーって。

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(今プラトンはトライアスロンに夢中で、その練習中だったとか。すご!)

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優勝作品、主演のプラトン!

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これは先日の作品、おじいちゃんからの…

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1980年代の… 

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これは90年頃かしら、きっと。

ナニカのドラマに出ているのを見つけて下さった方がいました。

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これはクソガキの頃にみていたぴゅんぴゅん丸…みたいなーと思っていたらCSで。

40数年ぶりに観た!

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あとは…BBQやりましたね、仲良しやお世話になった人ごちゃ混ぜで。

雨天(台風18号)、その日だけピンポイントで土砂降り。

雨天上等!でやってやりましたさ。

それはそれで結構盛り上がって、不思議な思いで作りになったと…9割ウソだろうけど皆さんおっしゃって下さいました。

終わりよければ全てよし、ちゃんちゃん!
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清水君、下村君、ジバン所(蒸発名人)。

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鈴村監督、あおいちゃん!

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将軍夫妻、稽古終わりに駆けつけてくれたジライヤ筒井さん!

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「ゲキ塾。」役者、近所の奥様、バリバリ凄腕女社長!


よーし、来年は雨漏りしない新しいタープテントを買うぞ!





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鈴村監督のパーチーと教訓

9月1日。

氏神様にお朔日(お一日)参りに出掛けます。

これは多分20歳くらいの時からずっと続けてて。

私の場合、あまりにも汚れや穢れ、世間の垢が多すぎますので月一ペースで浄化しないと息苦しくて死んでしまうからですね。


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さて。

先日、何かとお世話になっている(仕事以外で!)東映監督の鈴村さんの25周年パーティーに出掛けて参りました。

土屋兄弟をはじめ多くの教え子ヒーローに囲まれて、大変幸せそうな和気藹々としたパーティーでした。

健康に気をつけて、これからも大量な良作と酒に励んでもらいたいものです。

とてもほほえましくて、暖かいパーティーでした。

私とジバン日下君、ジライヤ筒井さんもそろーっとお忍びで参加させていただきましたのね。

スタッフさんやMCの方々に気を遣わせたくない思いでしたので、三人で変身してサプライズ的に参加させていただきました。

パーティーが終わってから監督にご挨拶。
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(左からジバン日下、ヒッピー妹尾、笑顔監督、探偵筒井…敬称略)

皆さんに悟られぬよう早々に退散してきました。

もちろん〆のラーメン、餃子ビールは3人で味わいましたさ。

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良い空気を味わわせていただきました!


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またしてもちょっと懐かしい写真を見つけて下さって…。

多分、20代後半だったと思います。

必殺仕事人シリーズ…これはよく呼んでいただきました。

今は亡き藤田まことさんに親切にしていただいて…。

とはいえ当時、京都の時代劇の撮影はなかなか気が重かったんですね。

東京の俳優さんで、京都の仕事には行きたくないという方が多いのも事実でしたが、私の場合関西特有のルールというか空気には精通しておりましたのでそのあたりは問題ではありませんでした。

スタッフさんとも打ち解けてやれておりましたし、怖いということではなかったんですが。

一度行くとなかなか帰京できない、寒い、撮休の日にパチンコで負けすぎる、酒代が高くつく、不思議とクリスマスの時に重なる(数年連続)…等々の理由で。

今思うと何とも贅沢なことをぬかしております…。

時代劇は本当にたくさんやらせていただきました。

長ーい1シーンの殺陣回りや、時代背景を考慮した所作、共演者との出会い。

そういえば怪我もしました。

エキストラの人に右まぶたの上を切られて白い肉がぺろーんと出てきて。

そのときは血がドバドバ出てきて大変な感じだったのですが、私が斬り殺されるシーンなので芝居を続けてOKの声がかかるまでガマンしてました。

目を開けて死んでいた?ので、どんどん視界が血で赤く染まっていくのが分かります。

良きところで声がかかり、すくっと立ち上がって叫びました。


「監督、リアルでいいでしょ!?」


どうやら顔が真っ赤に染まっていたようです。

毛細血管のいっぱい詰まってるとこ、目ぇ-!だったので衣装も顔も真っ赤、目の上からじゃばじゃば垂れ流していたようです。

カチン!て割と大きな音が響いていたので刀が私のどこかに当たったということは皆さん知っているようでしたがここまで出血しているとは思わなかったらしく、


「あほ! そんなんどうでもええから早く医者!!」


って、包帯でぐるぐる巻きにされて近くの病院に来るまで運ばれました(後に聞いたけどヤブ医者で有名)。

そのシーン、使ってもらえなくて撮り直し、しかも怪我が治るのを待って一ヶ月後。

現場でめっちゃ怒鳴られていた彼は大丈夫だったのでしょうか?



あとは…セットの問題ですかね。

あの時代劇のセットって、かなりリアルに作るので史実にも忠実だったりするんですね。

だから小屋の出入り口なんかも当時の規格で狭いんです。

高さもないんですね。

ですから私の場合、気をつけてはいても芝居に夢中になるとカツラの上の部分をがんがんドアの上部にぶつけるんです。

走っている時なんぞはラリアット食らったみたいになって…軽いムチ打ち状態で後ろにすっころがってしまうんです。

立ち回りのシーンで、桶を積み上げているところに投げ飛ばされて突っ込んだりするのですが、その勢いでセットをなぎ倒してしまったり…。

まあ今思えば楽しいことなんですがね、若かりし頃の妹尾は贅沢言っていたわけですよ。

今は無くなってしまった時代劇に多く参加させてもらって良かったなーって、しみじみ思います。

必殺01

何日目かの撮影日、製作さんに渡されたのはウエットスーツ。

私が死体となって川に流されているシーンです。


「真冬やしな、凍え死ぬからこれ着とき!」


って。


「はい。」


と返事はしましたが、これね、私のサイズじゃない。

必死に伸ばしたり引っぱったりしても入らない。


「L寸でええやろ? なんや、あかんのか。それ、一番でかいやつやで。どーしよ…。」


真冬、一般の人には趣ある桂川の渡月橋。

段々に川が流れていくところを、まるで肉塊のようにごろんごろんと転がるようなむごい死に様が狙いの画だと。

覚悟を決めて言いました。


「よかです! 何も着んでよかです!! このまんごろんごろん転がって見せますタイですたい!!!」


「ほんまに死ぬほど冷たいぞ、お水!」


「よかたいじゃいきに!!!!」


必殺02

結論から書きますと、仕事じゃなくて本当に死ぬかと思いました。

冷たすぎて痛い。



「何秒かに一回はゴロンと回って、顔をカメラの方に向けるんやぞ! 誰のことか分からんからな。」

「多分カットの声も聞こえんやろし、観光客を上手く裁きながら撮るけど時間はかかると思う。 悪いけど船で助けに行くまで死体でいてくれ。 どや、いけるか?」


「当たり前だのクラッカー(昭和)ざます!」



泳ぐのは得意ですが、指先も口も目も足も全ての感覚がなくなるほど冷たいです。

頭もぼーっとしてくるんですね。

船の人、後はよろしくです。

何とか撮り終えた後、唇を紫色にして震えていましたら、



「ええ根性しとる。役者はそうでないとあかんな!」



と、大変お褒めの言葉をいただいたのを思い出しました。

ま、他に選択肢がなかっただけなんですがね…現代ならどういうことになっているんでしょう…もう少し優しい感じだと思いますが。

弥七2

弥七5

これは水戸黄門です、懐かしいなー。


京都太秦…当時、観光シーズンで宿がいっぱいになった時に製作デスクの方の家に泊めてもらったり、阪神タイガースの亀山君(弟)とめっちゃ仲良くなったりと…いろんなコトを思い出しました。

有り難うございます、JUNKOさん、そして時代劇!


ということで今日の教訓。


{ 京都の冬は遊泳超禁止、これ本当 }

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