・・・されど役者的妹尾blog

役者道を邁進している人たちの稽古場風景。 最後に笑うのは自分だ,系。 だ-か-ら、やることやって言ってますとも!   since.2006.4.14
4

犬並み?



流石に夏を諦めなきゃならない感じになってきました。

つってもまだタンクトップと短パンで出歩いてますが。

もうすぐ年末ですものね。

白ひげ爺ちゃんで盛り上がる年末、電車に飛び込む人が増える年末…。

ゴーンって鐘がなったら、またしても待ち遠しい夏を睨んだ生活です。

わっしょい!




ちょいと告知させてください。

明日、10月28日夜9時からテレビ東京のドラマに出させていただいております。

ものすごーくチョットだけですが、編集で落とされていない限りどこかで何かを喋っているはずです。

お時間ある方、よろしければ秋の夜長に妹尾を探してみてください!

http://www.tv-tokyo.co.jp/mystery9/





最近、幸ノ助(飼い犬)に私が似てきたというご指摘を頂きます。

顔はよくわからないのですが、この犬のことを私は

(ぽけーっとして何も考えていないアホ面)

と捉えております。

他人様にもそのように映ってしまっているのでしょうか…。

言い訳はしませんが、一つだけ反駁させてもらいます。

私は、もうすぐ52年生きることになるホモサピエンス。

かたやたった1年息を吸っただけのよつ足。

私が似ているんじゃなくて、犬が寄せてきているのです。

ここ大事!








膝をクラッシュしました。

ものすごい激痛で、近所の医者に行きました。

靭帯ですって。


原因を聞かれたので、



「自転車で坂を登りすぎまして…。」


「ほほう…、普通ね、ここまで壊す前に運動をやめるんだけどね…。痛みが酷かったはずよ?」


「はい、めっちゃクチャ痛かったけどガッツと根性で漕ぎました!!」



「…。」



ものすごい呆れられて。

ああ、もしかしたら私は犬と同じくらい?

…鼻が効かない分負けてるのかも…。



ぎゃふん。

1

母の愛はでかいって、あれホント


私の両親は昭和一桁の生まれです。

当然、戦争体験者です。

疎開していた話や、米が食えなかった話、たくさん聞かされて育ちました。

ですから、何でも食べられるものは沢山あるのが有り難い。

僅かな食料を皆で分けて食べるひもじさを知っているので、我が家では当然、食べ残しは厳禁でした。

バチが当たるから。

私、大きく育ちましたが、実は小さい頃はそーでもなかったんですね。

高校2年生で急に大きくなったので、自分でもピンと来なかったんです。

食べ残しを許さない親のせいで、食うことが大嫌いでした。

肉はとにかく嫌い。

脂身(今は大好物。飲料。)なんて見ただけで吐きそうなくらい。

米とお好み焼きとラーメンで小学生の頃はしのいでいたと思います。

幼稚園の頃は、弁当を最後まで食べきれなくて一人遺されて…食べるまで先生に付き添われていた記憶もあります。



中学生くらいから体の成長とともに普通に食べるようになり、それ以降はそれまでのぶんを取り戻すほどたべまくるようになりましたりました。

高校の頃は1日8食ほど、がっつりと。

まぁ、よくある話ですが、私の弁当箱には四合の米が入ってました。

タッパルのでっかいのに入っていたので、面白がられて卒業アルバムにも載せてられたりしました。

それを一時間目が終わるとすぐ食べて。

休み時間のたびに学食へ走る、部活の前にお好み焼き食べて、帰り道でラーメン食べて帰宅して晩飯…みたいな。

そらもう、その頃のイメージが母親にもしっかりのこっているのですね。

高校を出たらすぐに上京しましたので。

いずれにせよ、それまでの粗食を取り戻すには十分です。




そんな母から電話がありました。




「懐かしいのみつけてん。アンタにも食べさしたろ、思てな。

おかきを送っといたからなー、食べやー。」



と。



なんでおかき?

よーわからんおばはんやねーって、まぁ素通りしてたのですが、届きました。

一斗缶で…。





…どんだけ?


確かに中身は懐かしいおかきでしたが。

バチが当たると嫌なのでもちろん食べますとも。

たくさんおすそ分けしなきゃ、です。



ありがとな、おかん。

でも次はダウンサイジングしていこ、な。


3

おとなの階段



私が、

「自分も大人になった。」

と感じた一瞬を思い出しました。




小学生の頃、<百字帳>と呼んでいたノートがありました。

マス目が百個あり、そこに漢字を書いて覚える…みたいな。

今でもあると思います。



小学5年生の頃。

国語は宮田センセイという、おばちゃんの先生でした。

毎日、宿題を出すんです。



「教科書に出ている漢字を一つ選んで、百字帳に1ページ、漢字を書いてきなさい!」


覚えなきゃならない漢字を覚えさせるという…まぁ教師からすればごく当たり前のことです。

でも、私はやりませんでした。

宮田センセイが好きではなかったから、というのが一番の理由にしたい所なんですが、そうではありません。

全ての宿題をやらない。

これは本当に今思いだしても<おれは阿呆>と言い切れるほどやりませんでした。

完全に意識してやりませんでした。

社会の白地図に色を塗ってこいと言われるのも日課のように出された宿題でしたが、絶対にやりませんでした。

漢字はもちろん、ドリルなんかも全部。

理由が見当たらない。



「忘れました…。」


って言っておけば、ピンタされて廊下に立たされて終わりです。

授業も受けなくていいのでこれほどラッキーなこともない。

とにかく、自分が好きな<工作>と<読書感想文>、<写生>以外の宿題をやったことがありませんでした。




ところが。


私、何を思ったか、



「やってみよっと。百字帳。」



ってなったんですね。

自分のノートを開きました。

見事なまでに幾何学的…ってか落書きだらけのノートです。

一マスごとに細かく画が描き込まれていたり、迷路が書かれていたり、大きく1ページに1文字、漢字が書かれていたり。(これでやった感を味わっていたと思う)

とにかく何かが書いているページと白紙のページが混在しているノートでした。




私、漢字が何という文字だったかは覚えていませんが、とにかく一念発起、宿題をやっていこうと思ったんですね。

で、最初からノートをぺらぺらめくっていくと、何ページめかに白紙のページがありました。

そこに、一生懸命…それこそ100時間くらいかかったような心労で漢字の宿題をやり遂げたんですね。

自分で自分を褒めてあげたい! 

って、本当に感動すら覚える、人生の新しい1ページをめくったような底知れぬ快感でしたのよ。



{ぼく、もしかしたらうまれかわれるかもしれない!}



きっとそのくらいの魂の叫びはあったはずなんです。

翌日、意気揚々と宿題を提出しました。

宮田センセイ、



「すごいよ、みんな!!妹尾君が漢字を書いてきたよ!!!!」



おおお!というざわめきの中、次元の低すぎるくそヒーローが祝福を受けている…そんな貴重な時間を味わったので
す。


んでもって、しばらくして宮田センセイ、私のノートを凝視して…。



「ああ、皆、聞いて!」


笑顔を振りまく妹尾少年も何かしら?と先生の顔を見ました。




「これね、センセイは妹尾君がきちんと宿題をやってきたんだと思って見ました。

 ですが、妹尾君はノートの一番最後の部分に漢字を書いたんじゃなくて、落書きとラクガキの間のページに書いてきました。

これは…新しく書いたものじゃなくて、ずーっと前に書いていたモノを今日書いたかのように言ってきてるんです。

もしも、本当に妹尾君が昨日書いたのだとしても、今までの実績からしてセンセイは信じることが出来ません!

嘘をついてます!」



と。

私、かなりショックを受ける予定だったのですが、




「ほほぅ…なるほど。言われてみればその通りだわね…。」



って、妙に納得してしまいまして。

その私の妙に複雑な顔を見た宮田センセイは、


「ほら、ご覧なさい。あんた、やっぱり嘘をついていたんでしょ!」


って勝ち誇った顔をしていました。

だって、空いているページが勿体ないと思って本当に書いていったのですがね。





「おお、これは本当に大人っぽい。

  こういうことなのだね、じんせいわ。」




と、大人の階段を初めて見つけた日のことでした。



なんじゃそれ。


スーパームーン
(流行のスーパームーンと。ほぼ何の変化も認めず)



該当の記事は見つかりませんでした。