・・・されど役者的妹尾blog

太く拡げよう僕の細道   since.2006.4.14
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「将門」来たる



11月ですね。

犬の散歩などまだまだ半袖で頑張っておりますが、近所の小学生に指さされること多しく。



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SNSとは一体なんぞや? みたいなことを問われる事件がありましてこれを機に多くの人がネット社会とのつながり方を再考し始めているようです。

とてもいいこと。

ついつい弱音や値がなことも書いてしまいそうになりますが、そのときには既に蝕まれているってことなんでしょうね、ネットに。

書いても解決することなんてほとんどないでしょうに。

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さ。

夏の終わりをそろそろ自覚せねばならんという毎年憂鬱になるこの季節、皆様はいかにお過ごしでしょうか。

私は新事業に足を突っ込み初めましてですね、(まあこれについては近く報告させていただきますが)その体制も整いましてですね、お仕事を頑張っていっているわけでございます。

そらもう知らないことだらけなので大忙しなのですが、ノートパソコン一台とデスクトップのパソコンも一台仲間入りさせました。

どちらのパソコンも頭いいんですねー、サクサク動くの。

どうせだからと清水(寺)ジャンプして高性能なものをチョイスしましてですね、長く使わせていただこうと。

これまで使っていたPC,高さか将軍が組み立ててくれたもので「吉宗」という名前でした。

今度のも「信長」とかいろいろ考えたんですが、やはり私が平家の末裔…ということで「将門」と命名したんですね。

これも将軍が組み立ててくれて。

なんじゃらかんじゃらとても頭の良いものに仕上げてくれました。

将軍、あざす!

周辺機器も…で絵や写真をたくさん扱うのでね、コピー複合機も新調して。

一気に数千件にFAXしたり、ファイル転送してもらったりの契約とかも。

張り切ってお仕事せないかんねーとわっしょいわっしょいやっております。

ここから暫くはPhotoshopやIllustratorのお勉強をしなければなりません…いとをかし。

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もちろん、個別にお話を振ってくださる役者のお仕事もやらせていただいておりますので、芝居の訓練も続けております。

近々、某お薬のドラマCMをやらせていただきますので解禁したら重ねてご報告しますね。

家族のことや友人のこと、さすがに50年生きていたらいろんなことが複雑に組み合わさって。

思いもしないところから思いもしない方向へと人生をシフトすることに驚きを隠せません。

こういう浮き草みたいな家業を長くやっておりますので、あっちへフラフラこっちへフラフラって振り回されることには耐性ができておりますので大丈夫。

そんな不思議な自分を楽しんでおります。

るるるららー、人生って本当に不思議なものなのねー、あああーーーるるるららー(そんな歌ねえ)

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125ccスクーター、完璧に死にました。

ごまかしも何も通用しない。

エンジンは元気なのに。

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筋肉や骨は丈夫、心臓も大丈夫、なのに頭がやられてる…ううう、ハーネス一式取り替えて組み直さないと動かない状態ですね。

どこで断線しててどこが生きてて…ってそんなのを繰り返すのはもう無理、諦めます。

今までセルモーターやオルタネーター、コード類を何回取り替えてきたか。

そのたびに手をグシグシにして。

ずいぶんと愛は注いだのでもう引退してもらうことに決めました。

お疲れ様、キムコちゃん。

次の子は安心の日本製を注文しました。

ふう。


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家の中の一部屋を作業スペースにしなきゃらならないので、断捨離を遂行。

泣く泣く手放したのは27~28歳くらいの時に買った、超本格電動バギー。

プロポも買って、ショックを換装し、モーターやギヤも強力なのに変えて。

まるで愛車をいじるかのように心血を注いだ…そんなラジコンハマり期がありました。

敢えて2WDでドリフトを楽しみながら走らせたものです。

カラーリングも自分で考えて、こりゃ偉いものにハマってしまったな…と思い込んでいたのですがそれも半年くらいで終わってしまいました。

なんとなく捨てられずに置いていたのですが、すべて一式のパーツをどんがらガッシャン!と。

はああ、捨てるとなると愛おしさが蘇ってくるんですね。

もう一度…今度作ったときは犬に追いかけさせて遊ぼうと思います。

さらばダイナスター!

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久しぶりに筒井さんとお仕事をさせてもらって。

うんうん、安定の面白さ。

心地よすぎて何も考えなくてもどんどん台詞が出てきます。

こりゃ本格的な芝居でも作らなきゃいけないわねー…って。

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皆様におかれましては風邪など引かれませぬよう…。

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オカンと俺の備忘録。



忙しなく岡山(実家)と東京を行ったり来たり。

先だっての番組でも話をさせていただいたんですがね。

私は公の場では楽しくて皆さんがハッピーになること限定でおしゃべりや文章を出していこうと決めておりました。

以前は飼っていた犬を胸に抱きながら殺す羽目になった、泣きまくったよって話を書いたりもしましたが、ここ数年はしっかりと心に決めているつもりでした。


ですが、今回はちょっと自分のために、今後のために書き遺しておきたいと思ったことがありまして。

完全に自分の中だけの話ですがブログにします。

そして、まだ経験されてない方の、もしかしたら少しでもお役に立てるなら<その時>のために。


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世間ではよくある話です。

私を(大きく)産んで育ててくれた母が壊れてしまったんですね。

アルツハイマーでした。

症状が見え始めてからはもう10年ほど経つんですが、ここ数年ではもうどうしようもないくらい進行してしまい、今夏からは更に加速してしまいまして。

離れて暮らす私は何もすることが出来ず、傍観しているだけでした。

ちょいちょい口出ししたり病院の世話をしたり。

何とかなると思っていたんですね。

つまり良くなる…もしくはこのまま普通に暮らせると。

甘かったです。

まず、側で介護をしていた父親に限界が訪れました。

二人、昭和初期に生まれた老夫婦です。

母を車いすに乗せたり入浴させたり、トイレの世話から食事まで、体力自慢の父でしたが限界がありました。

実は何度もケアしてもらえる体制を整えようとしましたが、まだまだ世話は出来ると頑張っていたのです。

母はプライドの高い女性です。

というか、この時代の生まれの方は皆さん同じようですが、



「私はな、頭だけはしっかりしてる。 先生も太鼓判押してくれてるわ。 
奥さんがボケとったら世の中の人は皆痴呆症やわって言われてるんや!」


京都の女で、周囲の反対を押し切り駆け落ちで岡山に嫁いできましたので誰も助けてくれる人がいません。

ずいぶんな苦労を重ね、本当に寝食を忘れて働き続けたようです。

戦争で飯を食えない時代を過ごした人ですので根性は据わってます。

父と二人、一文無しから小さな会社を作り、トラックの買えない二人はリヤカーを押しながら商売を始めました。



「会社始めた頃はお茶碗も買うことが出来んで、ガス釜のフタにご飯をよそって二人で食べたもんよ! それが私ら爪に火を灯して頑張ったからアンタら二人とも東京に行かせてやれたんや!」



が口癖でした。

父と一緒に激動の昭和を戦ってきた、守り続けてきた、という自負がものすごいんですね。

くどいようですがそりゃ本当によく働く女性でしたから。

厳しいし感情的だし、口は達者だし…でも底抜けに明るい天然なので商売に向いていたんでしょうね。

ガキの頃は毎日朝から晩まであまりにも遠慮無くぶん殴られるので、密かに



「オカンは人間じゃねえ、ありゃあメスゴリラじゃ!」



と兄弟二人罵っていたものです。



その母もここ数年足腰が弱まり、杖をついて歩くようになりました。

そこからは一気に進行したように思います。

一度転んで背骨を折りました。

すると数ヶ月もしないうちに車いす生活です。

アルツハイマーの症状はどんどん加速していきます。

表情からは見分けがつきにくいんですね。

普通の目、メスゴリラが怒るいつもの表情と口元で10秒前のことを忘れています。

しかも新鮮に、初めて聞くように同じことを質問してきます。


「この子、名前なんて言うん?」

「幸ノ助。」

「へー、可愛いなあ。…なあ、名前教えて!」

「幸ノ助。」

「賢そうな顔した犬やなあ、名前呼びたいねん、教えてくれるか?」

「幸ノ助。」



最近は父親のことも忘れる瞬間があります。



「この方がな、私の会社を守って下さってるんやて。」



一瞬で元に戻ったり、余所に行ってしまったり。

全て彼女の頭の中では本気で真実なんですね。

いろんな見知らぬ人が家の中を徘徊したり、風呂の中に隠れていたりアルソックをかいくぐって家に入ってくる人もいる。

冷蔵庫からは毎日いろんなものが盗まれて、タンスの中も。




「あんたぁ(私)、隣の部屋の人がな、私を庇ってくれるんよ。 お父さんが大きい声で私を怒鳴るからな、『ええ加減にしとき! そんなにがみがみ怒鳴ったら奥さん怖がるやろ。』って。優しい人もいてるわ。」


勿論実家には父の他には誰も住んでませんので妄想なんですがね、母にとっては目に見えている事実なんですね。

どこかのケアハウスに入った方がいいって言う会話を聞いていて、混乱しているようです。



「そうかー、そらよかったな。 またすぐそっちに帰るからちょっと待っててな。」



私、最初からこういう優しい言葉が返せたわけではありません。

馬鹿なことを言っている母に怒声を浴びせました。

しっかりしろよ、意味の分からないことを言うな!のオンパレードです。



「あんたあ、お母さんな、もう訳が分からんで死んでしまいたいねん…どうしよー…。」


って電話が増えた時も、


「ええ加減にさらせよ! そんなことばっかり言っとったら本気で罰が当たって死んでまうぞ! 考えてものを言え!」


何も考えず罵詈雑言浴びせていました。




ある時。

今のままではダメだと、緊急性を要することが起こりました。

介護をしていた父の<心>にも限界が訪れたんです。

身体だけじゃなくて。

何か策を講じなければ事件に発展してしまいます、間違いなく的な。


本人不在のまま、勝手にいろんな形を模索しはじめました。

医者との話や施設との折衝…あらゆるプロの方の意見や専門医、はたまた諸先輩のお話を伺って。



そして決めました。

母を転居させます。

そうしなきゃ残された者も崩壊する、だからこれしか道はないと言い聞かせて準備しました。

良いことだ、母も皆も救われる、そう信じて。

本人は何も知らないまま。




母にとってその日は突然やってきました。

父、母、私、弟、久々に家族揃って晩飯を食いました。

私がステーキを焼いて。

そして他愛も無い話をし、普通に眠りました。

そう、特別な空気は一切出さないで。



翌朝、いつものように母はトーストを食べてコーヒーを飲み、歯を磨いてました。

車いす姿を除けば実家に帰ると見られるいつもの光景です。

リビングに戻ってきたところで私が口を開きました。



「さ、そろそろタクシー呼ぼうか。」


連れ出します。

母はもう二度とこの家には戻りません。

暮らし納め、見納めです。

特別な意識をさせたら柱にしがみついてでも動かないでしょう。



「何? どこへ行くん?」


「ほら、前から言ってた所。 オカンも一回見学に行ったろ? わあ、綺麗なとこやねーって言ってたじゃん。 あそこよ。」




超普通に喋ります。


しかし母の顔はいきなり曇ります。



「イヤや、まだそんなん行かんで! …私まだお化粧もしてないし部屋着のままやし…靴下も履いてへんもん!」



見学に行ったのは事実ですが、良からぬ雰囲気を察してか行ったことがあるという記憶を呼び出せません。

だんだん泣き声になり、辛そうな嗚咽に変わっていきます。

辛い。

けど、仕方が無い、これが最良なのだと再度言い聞かせます。



「ほら、靴下を履きんさい。」



と、父が車いすに乗った母に履かせてやります。

すると目先が変わるからか、



「もう、へたくそやなあ、自分で履くからええわ。」



壊れていることが助かると感じる時はこういうときです。

涙は止まり、思うように動かない指でソックスを一生懸命履いています。

車いすを押して静かに玄関を出ます。

振り返ることはありません、すぐに戻ると思っているんですから。

私と弟は着替えの詰まったダンボール、細々した日用品を積んだ家の車で後に続きます。

よいしょ!と母を持ち上げてタクシーに乗せる時、とても不安そうな顔で



「あんた、一緒に来てな…。」


「うん、すぐ後ろをぴったりと着いていくから大丈夫よ。」



自分の置かれている立場や、状態はさっぱり分かっていないと思いますが、不安なことだけはヒシと感じているようです。

当たり前ですね…。



30分ほどで施設に到着し、用意されていた新しい部屋に入りました。

この施設は完成してまだ一年経っていない、とても綺麗な建物です。

ラウンジにはピアノが置かれ、来客用のスペースも日が燦々と当たり、フカフカの絨毯が敷き詰めてあります。

早速お世話をして下さる方が代わる代わる挨拶に出向いてくれました。

母は何のことか分からないようでキョトンとしています。


「なんかねー、朝起きたらいきなり連れてこられてねー。 びっくりしてるんですよ-。 何なんでしょうねー!」


と来る人来る人に笑いながら説明をしています。



「このような施設にいらっしゃる方で、ご自分で納得されてくる方はほぼいません。
じゃあね! と手を振って明るくお帰りになることは難しいです。お辛いでしょうが何も言わずそっとお帰りいただくのが賢明かと。」



このような説明は何カ所からも聞いていましたし、諸先輩方にも聞いておりました。

ですからそのように頑張るのみです。

母の部屋のセッティングを終え、普通の時間を過ごした後晩飯の時間がやってきました。

そのときに私たち三人は消えることにしています。

しかし、私たちが乗ろうとするエレベーターの、すぐ脇のラウンジで食事が始まりました。

帰宅する姿が丸見えです。

必ず呼び止められます、一緒に帰りたいと。

私は何事もなかったかのように母の隣に立ち、



「うっわー、オカン、美味しそうな食事やなー! 豪華やな-!」



オカンの顔のすぐ近くに私の顔を寄せました。

その間に後ろ手に合図を送り、二人をエレベーターに乗せます。


ヘルパーさんがお茶を運んでくれました。

母はそのヘルパーさんに、



「私、ちょっと部屋に戻らなアカンのです。 忘れ物して…お父さんにちょっとアレしてもらおうって…。えっと言うのを忘れてたことがあって…。」



怯えた目、泣き出しそうなほど不安表情、ものすごい恐怖を感じています。



「妹尾さん、このお時間で食事をしていただかないとこのあとすぐにお薬も飲まなきゃならないんでね、用事は後にしてもらえますか?」


ヘルパーさんがストップをかけました。

その瞬間ですね、母はしっかりしていた昔の顔に戻りました。

そして、顔を近づけている私の目をじっと見詰め、か細い声を絞り出してこう言いました。



「…あんたぁ、何で私、こんな酷い仕打ちをされなアカンの?」



目に涙をためて…赤ん坊のような、助けて欲しくてたまらない、崩れ落ちてしまいそうな目。

実の息子に懇願してます。

…なんて酷い。

どんだけむごたらしいのか。



抱きしめて、



「オカン、ごめんな、ウソウソ。 な、帰ろ、うん、帰ろ!」



と喉から飛び出しそうでした。



でもでも、そうしませんでした。

また元通り、違う意味での苦しみが待っているのは知っていますから。

おそらくもっと酷い未来が待っているんです。

それが正解か不正解かなんて私には分かりません。

子供として、人として、そして心情的には百万%不正解です。



一緒に暮らしてやることも出来ない、親に対して随分な仕打ちだと。

罰当たりです。

汚物まみれになってっでも朝から夜まで世話をしてやればいいのに。

生活があるから、仕事があるから、家族があるから一緒にいてやれない?

介護できない?

産んでくれた人なのに?


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この日の昼間、こんな会話があったのを思い出しました。



「オカン…俺な、あんたの息子よ。 貴方が俺を産んでくれたんよ。」



暫し私を見つめ、クククと軽やかな笑顔になりこう言いました。



「またまた、この人面白いこと言うなあ、そんな訳ないやん。 傑作やな!(ゲラゲラゲラ)何を言うてんねん!!
…で、あなたは自営業をされているん? 大変やなあー、立派やなー、頑張ってねぇ。」



1日のうちに起こったパニックが大きすぎて、過去最大の混乱が起こっているようでした。

流石に子供の記憶を失ったことは今までに一度も無かったので。

これね、



「ここまで壊れてしまったんだから、もう仕方が無い。 選択肢は間違っていない。」



っていう免罪符に思えてきたりしてね…。

クソみたいな自己弁護だろうね。

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家に戻って。

賑やかで煩すぎる母の声はどこからも聞こえて来ず。

ぽっかりと大きな穴の空いたような空間で食事の味も分からずビールも喉を通らない。


早々に寝ようと準備するものの、母からの携帯電話が鳴り響きます。

私、弟、父、実家…順番に何度も何度も。

生まれて80年以上一人暮らしの経験の無い母です。

私たちの声を聞かせることは酷だろうと判断し、また施設の方の勧めもあり、電話に出ないでそっと息を潜めます。

心を鬼にしよう、鬼になろう、オカンの方が何倍も辛いんだから。

留守番電話に入った母の声を後で聞くのですが、胸が痛くて言葉になりません。



願わくば…今のこの辛さも忘れてしまいますように…。

オカン、ごめんな、こんなんしか出来なくて。

心から感謝してるのに。

楽ちんなところに母を置き去りにする愚息。

「杜子春」にはなれなかった馬鹿息子です。

メスゴリラでよかったんだけどなー。

オカンの残りの人生、俺のことが分からんでも最大の感謝で見詰めてあげたいんです。

遅いっちゅうの。

自分の馬鹿さと戒めと、ずっと反省しろっていう…そして有り難うを忘れるなって言う、そんな備忘録にします。

実家家族4人2017-10-01












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プラトンとぴゅんぴゅん丸が懐かし


大変ご無沙汰をしております。




世間では優秀な頭脳をお持ちの緑のおばちゃんが新党を立ち上げて世間を賑わせておりますが。

色んなところからワサワサ集まって一つのチームができる様は、楽天イーグルスの立ち上げ時に被って見えてしまいました。




前々から私の持論として、セージカという職業の方は


「ワシの屍を乗り越えて行け!」


という迫力と気概、多くを救うという超正義感の持ち主にやっていただきたいと思っております。

流行の不倫なんかも昔は(英雄色を好む)なんていわれたりして一笑に付していた時代もありました。

肯定じゃありませんが、それにあまりあるほどの働き、世の人々のために尽力していれば誰も文句を言わんのではないかと。

ま、ね、今の時代そういうことを言っていたらアレなんでしょうけどね。

さしずめ私なんぞは虐待両親の元に育ち、学校では暴力主義の教育を受け、それを他人に押しつける最悪の人間でございます。

今後100年過ぎて、また時代がどう変わっていくのか。

美しくて正しいものの定義がどんどん変化していくので就いていくのに必死ですし、何ならついて行けてません…うう。


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またしても今年、懇意にさせていただいている方から北海道のシャケをいただきました!

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やったね!!

昨年もいただきまして、大量のイクラを醤油漬けにして楽しんだものでございます。

さて、今年のシャケは…とぱかっと腹を割ってみましたら!!
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ブッブー、外れ…元気な男の子でした。

それでもその辺で売っているシャケとは大違いのめちゃ旨極上サーモンです。

様々なお味で楽しませていただきたいと思います。

いやいや、でっかいから食いでがありますぞ。

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実を言いますと、今年に入りまして、実家(岡山県)との行き来が増えておりまして。

まあ楽しい話ではないですし、ちょっとネガなコトなので詳細は避けますが、私自身がいろいろと選択を迫られたり大きな節目を迎えているんだろうなと…そういう思いが大量に噴出してきまして。

いろいろと頑張っていかんといかんねー的な思考に陥りました。

今までみたいに、好きだからっていう理由だけで霞を喰って生活していくわけにも行かないんですね。

30年以上役者をやらせていただいているので、その辺のギリギリ感といいますか迷いや逡巡との戦いは死ぬほどやってきました。

めっちゃ多くの廃業する人たちを見届けました。

これ、当然正しい答えないですから各人の判断が一番正解です。

私の場合はでっかい壁に突き当たって、ちょっとずつ段舎利していったんです、心の。

で、自分をコーナーに追い込んでみました。

マッパになって考える、その方が進む道が見えてくるんですね。

うん、何とか理解できそうな感じになってきました。

ボクがんばる!


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懇意にしてる監督からオファーをいただきまして。

かなりの融通を聞いてもらえて某作品に出演させていただきました。

むむう…演出がきめ細やかで現場での戦いがとっても楽しかったですわ。

これ、簡単に言うと難しいってコトですね。

これだけの尺の中に、●と△と■と★をねじ込んで、しかも説明くさくない芝居…って一つずつ整理してこなすと話にならんので、空気を頭にたたき込んでその人間になる、みたいな。

台詞を言っている感触ってあんまり無くて、普通に俺が喋っている感覚。

そういうね、役者ーズハイに持って行ってくれる監督なんですわ。

ああ、きついけど楽しかった!

この作品で、東京の東の方の河川敷を使いました。

昔3年B組の人たちがロン毛の先生に教わっていた辺りです。

ここで、35~65才くらいまでのことをやっていたのですが、他の人が撮影中、テントでお茶を飲んでおりましたら


「あれ!?妹尾さん!!!」


ってめっちゃ透明でよく通る男の声が。

誰?って顔を上げてみましたら…昔一緒に芝居をしていた古堅クンではありませんか!

一緒にと言いましても私は演出の立場だったのですが、沖縄出身の古堅くんことプラトン君。

あまりにも素敵なセンスをしている子だったので、デビューでいきなり主役に抜擢しました。

とある演劇祭に出品する大切な作品だったのですが、思い切ってやってみましたさ。

稽古は当然めちゃくちゃきついものになりましたが、彼は必死に頑張ってくれて。

そんでもってその演劇祭、優勝することが出来たんですね!

たくさんのお客様に喜んでもらうことができたんですよ。

いやいやいや、本当に凄い才能の持ち主でしたし、なんと言ってもその


「なんくるないさ~!」


的な朗らかな人柄。

私もぞっこんでした。

そんな彼と7年ぶりの再会。

イヤー、偶然って凄いなーって。

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(今プラトンはトライアスロンに夢中で、その練習中だったとか。すご!)

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優勝作品、主演のプラトン!

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これは先日の作品、おじいちゃんからの…

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1980年代の… 

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これは90年頃かしら、きっと。

ナニカのドラマに出ているのを見つけて下さった方がいました。

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これはクソガキの頃にみていたぴゅんぴゅん丸…みたいなーと思っていたらCSで。

40数年ぶりに観た!

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あとは…BBQやりましたね、仲良しやお世話になった人ごちゃ混ぜで。

雨天(台風18号)、その日だけピンポイントで土砂降り。

雨天上等!でやってやりましたさ。

それはそれで結構盛り上がって、不思議な思いで作りになったと…9割ウソだろうけど皆さんおっしゃって下さいました。

終わりよければ全てよし、ちゃんちゃん!
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清水君、下村君、ジバン所(蒸発名人)。

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鈴村監督、あおいちゃん!

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将軍夫妻、稽古終わりに駆けつけてくれたジライヤ筒井さん!

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「ゲキ塾。」役者、近所の奥様、バリバリ凄腕女社長!


よーし、来年は雨漏りしない新しいタープテントを買うぞ!





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鈴村監督のパーチーと教訓

9月1日。

氏神様にお朔日(お一日)参りに出掛けます。

これは多分20歳くらいの時からずっと続けてて。

私の場合、あまりにも汚れや穢れ、世間の垢が多すぎますので月一ペースで浄化しないと息苦しくて死んでしまうからですね。


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さて。

先日、何かとお世話になっている(仕事以外で!)東映監督の鈴村さんの25周年パーティーに出掛けて参りました。

土屋兄弟をはじめ多くの教え子ヒーローに囲まれて、大変幸せそうな和気藹々としたパーティーでした。

健康に気をつけて、これからも大量な良作と酒に励んでもらいたいものです。

とてもほほえましくて、暖かいパーティーでした。

私とジバン日下君、ジライヤ筒井さんもそろーっとお忍びで参加させていただきましたのね。

スタッフさんやMCの方々に気を遣わせたくない思いでしたので、三人で変身してサプライズ的に参加させていただきました。

パーティーが終わってから監督にご挨拶。
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(左からジバン日下、ヒッピー妹尾、笑顔監督、探偵筒井…敬称略)

皆さんに悟られぬよう早々に退散してきました。

もちろん〆のラーメン、餃子ビールは3人で味わいましたさ。

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良い空気を味わわせていただきました!


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またしてもちょっと懐かしい写真を見つけて下さって…。

多分、20代後半だったと思います。

必殺仕事人シリーズ…これはよく呼んでいただきました。

今は亡き藤田まことさんに親切にしていただいて…。

とはいえ当時、京都の時代劇の撮影はなかなか気が重かったんですね。

東京の俳優さんで、京都の仕事には行きたくないという方が多いのも事実でしたが、私の場合関西特有のルールというか空気には精通しておりましたのでそのあたりは問題ではありませんでした。

スタッフさんとも打ち解けてやれておりましたし、怖いということではなかったんですが。

一度行くとなかなか帰京できない、寒い、撮休の日にパチンコで負けすぎる、酒代が高くつく、不思議とクリスマスの時に重なる(数年連続)…等々の理由で。

今思うと何とも贅沢なことをぬかしております…。

時代劇は本当にたくさんやらせていただきました。

長ーい1シーンの殺陣回りや、時代背景を考慮した所作、共演者との出会い。

そういえば怪我もしました。

エキストラの人に右まぶたの上を切られて白い肉がぺろーんと出てきて。

そのときは血がドバドバ出てきて大変な感じだったのですが、私が斬り殺されるシーンなので芝居を続けてOKの声がかかるまでガマンしてました。

目を開けて死んでいた?ので、どんどん視界が血で赤く染まっていくのが分かります。

良きところで声がかかり、すくっと立ち上がって叫びました。


「監督、リアルでいいでしょ!?」


どうやら顔が真っ赤に染まっていたようです。

毛細血管のいっぱい詰まってるとこ、目ぇ-!だったので衣装も顔も真っ赤、目の上からじゃばじゃば垂れ流していたようです。

カチン!て割と大きな音が響いていたので刀が私のどこかに当たったということは皆さん知っているようでしたがここまで出血しているとは思わなかったらしく、


「あほ! そんなんどうでもええから早く医者!!」


って、包帯でぐるぐる巻きにされて近くの病院に来るまで運ばれました(後に聞いたけどヤブ医者で有名)。

そのシーン、使ってもらえなくて撮り直し、しかも怪我が治るのを待って一ヶ月後。

現場でめっちゃ怒鳴られていた彼は大丈夫だったのでしょうか?



あとは…セットの問題ですかね。

あの時代劇のセットって、かなりリアルに作るので史実にも忠実だったりするんですね。

だから小屋の出入り口なんかも当時の規格で狭いんです。

高さもないんですね。

ですから私の場合、気をつけてはいても芝居に夢中になるとカツラの上の部分をがんがんドアの上部にぶつけるんです。

走っている時なんぞはラリアット食らったみたいになって…軽いムチ打ち状態で後ろにすっころがってしまうんです。

立ち回りのシーンで、桶を積み上げているところに投げ飛ばされて突っ込んだりするのですが、その勢いでセットをなぎ倒してしまったり…。

まあ今思えば楽しいことなんですがね、若かりし頃の妹尾は贅沢言っていたわけですよ。

今は無くなってしまった時代劇に多く参加させてもらって良かったなーって、しみじみ思います。

必殺01

何日目かの撮影日、製作さんに渡されたのはウエットスーツ。

私が死体となって川に流されているシーンです。


「真冬やしな、凍え死ぬからこれ着とき!」


って。


「はい。」


と返事はしましたが、これね、私のサイズじゃない。

必死に伸ばしたり引っぱったりしても入らない。


「L寸でええやろ? なんや、あかんのか。それ、一番でかいやつやで。どーしよ…。」


真冬、一般の人には趣ある桂川の渡月橋。

段々に川が流れていくところを、まるで肉塊のようにごろんごろんと転がるようなむごい死に様が狙いの画だと。

覚悟を決めて言いました。


「よかです! 何も着んでよかです!! このまんごろんごろん転がって見せますタイですたい!!!」


「ほんまに死ぬほど冷たいぞ、お水!」


「よかたいじゃいきに!!!!」


必殺02

結論から書きますと、仕事じゃなくて本当に死ぬかと思いました。

冷たすぎて痛い。



「何秒かに一回はゴロンと回って、顔をカメラの方に向けるんやぞ! 誰のことか分からんからな。」

「多分カットの声も聞こえんやろし、観光客を上手く裁きながら撮るけど時間はかかると思う。 悪いけど船で助けに行くまで死体でいてくれ。 どや、いけるか?」


「当たり前だのクラッカー(昭和)ざます!」



泳ぐのは得意ですが、指先も口も目も足も全ての感覚がなくなるほど冷たいです。

頭もぼーっとしてくるんですね。

船の人、後はよろしくです。

何とか撮り終えた後、唇を紫色にして震えていましたら、



「ええ根性しとる。役者はそうでないとあかんな!」



と、大変お褒めの言葉をいただいたのを思い出しました。

ま、他に選択肢がなかっただけなんですがね…現代ならどういうことになっているんでしょう…もう少し優しい感じだと思いますが。

弥七2

弥七5

これは水戸黄門です、懐かしいなー。


京都太秦…当時、観光シーズンで宿がいっぱいになった時に製作デスクの方の家に泊めてもらったり、阪神タイガースの亀山君(弟)とめっちゃ仲良くなったりと…いろんなコトを思い出しました。

有り難うございます、JUNKOさん、そして時代劇!


ということで今日の教訓。


{ 京都の冬は遊泳超禁止、これ本当 }

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夏休みのできごと



この命が尽きるまでに何をして、どう生きてきたのか…ってのを箇条書きで2~3個はありたいなと思っているのですが今のところほぼ無いんですね。

焦りはじめました。


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さ、2017年夏休み前半の思い出を。

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塚田 きよみさんがイギリスから一時帰国しているというので超久しぶり、20数年振りに飲みました。

渡洋史さんも一緒で、そらまあ積もる話に盛り上がったのですね。

当時と全く変わりなく、現在はイギリスの学校でお仕事をなさっているそうです。

再会を約束し、お互いの健康を祈って笑顔でばいばいきんしましたさ。


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でね、シクシク虫歯が痛んで。

これまた久しぶりに歯医者さんに行きましたが、ガキの頃からどうしてもあの臭いと音に慣れません。

マジな話で、歯医者でも小さい頃は苦労させられました。

手回しドリルみたいなので口の中をガリガリやられて血だらけになったこともありました。

親知らずの根っこが回り込んでいたとか何とか言われた気がします。

大人になってからも唾石が詰まって入院したし、とにかく歯医者さんも含めて病院という所は恐怖体験しかありません。

で、今回またしばらく通わなきゃならないみたいで…。

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私、時計をつけるタイプなんです。

腕時計。

最近はスマホとかあれば必要ないので持たない人が多いのですが、私はずーっとつけてます。

特に多いのはGショック。

今回はちょっと強そうなヤツを奮発して購入しました。

今まで使っていたのが壊れちゃったんですね、お気に入りのソーラーで大切にしていたのですが…まあもう寿命かと思われます。

でっかくてごついのですがとにかくタフなんですね。

いざというときに泥だらけになっても海に潜っても、振動にも強い。

全くおしゃれではありませんが、これは10年以上使えそうです!

何もしない、できない自分への一方的なご褒美。

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さ、海や山に出かけましょう!

3

ワライカワセミって見たことない



あれ?何だか例年よりも蝉の勢いが弱くない?

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暑中お見舞い申し上げます!!

私は大好物の猛暑ですが、お嫌いな方はくれぐれもご自愛下さいますよう!

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さて、私が小学生の頃。

ラジオ短波というのがちょっとだけ流行っておりました。

何かというと、結局突っ込んだ趣味にしなかったモノですから詳しいことは分からないままです。

海外のめっちゃ受信しにくいラジオ番組を聞いて、それを何かすれば絵はがきがもらえたり…てのは覚えています。



「ワライカワセミの声…………ぎゃー、ギャーきゃああ、きぃいいいい…。」



ラジオから珍しい生き物の声が聞こえてきます。

頭の中がぐにゃぐにゃになりそうな、はてな全開不思議ワールドに誘われる放送でした。

現在のように暇つぶしができる遊びが少なかったので、とりあえず食いついてみたのですがとにかく何も意味が分からないどころか全く面白くありませんでした。

その頃使っていたラジオの画像ををネットで見つけてしまったんですね。
ナショナルクーガ115


あまりにも懐かしくて。

このラジオ、上に丸太ん棒みたいなアンテナが着いていてそれがくるくる回るんです。

かっこよくて、すごいお気に入りでした。

ヤンタン、ヤンリク、セイヤング、オールナイトニッポン(昭和時代)…結局そんなばっかり聞いておりました。

夜中にね、家族が寝静まってから小さな音量で聞いている…何とも言えない十代の感覚。

ああ、青春てこんなのも含めていいんですかー?みたいな。

モノラル放送の、甲子園の大歓声…掛布がデビューしたての頃の野球放送もこのラジオで聞いてました。(植草貞夫さん実況)

まだ恋もしたことのない子供時代なのですが、一枚の写真からとっても甘酸っぱいモノを思い出してしまいました。


1

フィッシャーマン妹尾



実を言いますと私は魚釣りが好きなんです。

釣った魚を食べるのがめっちゃ好きなんですね。

命をいただく…とか難しいことではなくて美味しいから、なのです。

そして釣りに関しましてはスーパー初心者、ずぶの素人でございます。
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当然、釣り竿は持っております。

マイ竿。

3年ほど前フルセットで1200円くらい、新品でゲットしました。

フルって言うのが何がどんなもんなのか分かりませんが、とにかく糸とリールと、エビのおもちゃみたいなゴムで出来た疑似餌が付属されてます。

針は無し、リールはぷらっちっく。

針がないと釣れないってことくらいは理解できるので、自分でせっせと結んだりくっつけたりしなきゃならないのでしょうね。

初心者セットと言うよりも子供のおもちゃです、部屋内用の。

で、先日千葉県の館山の方に行くことがありまして。

マイ竿とクーラーボックスを持って行きました。

釣り場に赴きましてふと辺りを見回しますと

「釣りのことならお任せ! 貸し竿アリます!」

ノボリを立てたお店がたくさん。


「あああ、なんかめんどいーしなー、楽ちんが一番かなー。」


ということで完全装備された貸し竿ゲット、そしていろんなレクチャーを受けて港に向かったのですね。

マイ竿は出番無し。

予定ではカサゴ、アジ等を中心としてその他にもかかったヤツをつり上げて大量に持ち帰る、館山竜宮城作戦のはずでした。

かっこつけて?リールの着いた竿を借りたのですが、ちょっと奥に投げるのは楽しいのですがその後はさっぱり面白くありません。

どうすればいいのか分からないから。

ウキの竿なら、ウキが海中に引きずり込まれて、その反動に合わせて引きあげるって言う感触を楽しめるんですね。

手に感覚が強く伝わってきて、とてもスリリング!

今回は何だかよく分かりません。

館山釣り


適当にコツコツと感触が来たらリールをくるくる巻き上げるだけ。

釣れるには釣れましたが…楽しくない。

私はウキの着いた竿でマグロ的なモノを釣ってみたいのです。

鯖の小さいのが数匹…あとは出汁ジャコみたいな訳の分からん(針の方が頭より大きい)メダカ級の魚と。


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自分で釣った魚は美味しいはずなのですが、それもちょっと違う感想に。

魚が若すぎて深みがない…さっぱりしすぎてて味気なしっていうのかしら。

脂がのるとか乗らないとかの前に、まだ魚になりきれてないという感じ?

普通に酒の肴としてはばくばく食えますがご飯のおかずとしてってんじゃない。

しかしまあ逃がしてやるという選択肢は空腹の私にはありませんでしたので大満足です。

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アジが好き! なめろう、刺身、フライ、あああ次、必ずゲットします。


そしてマイ竿は今日も新品のままなのでした。

どあほ。

0

45年来の金友。


歯が痛い!

歯に悪いことを何もしてないのに歯が痛い。

過去の経験上、私は歯というものに対して相性が良くありません。

道交法(ポリさん)は容赦なく私を苦しめるんですね。

とにかく相性が悪い。

20年ほど前は急に歯の辺りが痛み出し、あまりの情けなさにオロオロ泣きながら歯医者に行きましたら


「ああ、こりゃ唾石だな。」


よく聞いてみたら唾液腺にカルシウム的なものが集まって石ころみたいになって詰まってると。

シリツ(ピノ子風)しないとえらいことになるよ、と。

そのまま紹介された大学病院に入院してしまいました。

歯の治療でシリツ室に運ばれたことも初めてで、数時間の大シリツ。

ドリルみたいなんでガリガリやられて、開けっ放しの口は麻酔だらけ。

顎がどこからどこまでなのか意味が分からなくなるほどでした。

4~5日入ってたかなー。

ま、ね、そんな恐ろしさから速効で歯医者さんに行きました。



「先生、まず最初に約束して欲しいのは注射はうたないでってコトです。 概ね、この辺りが痛いのですがどうにかなっておりますか?」



「まず、うたなきゃならない注射はうちます。そして、レントゲンを撮ってみましょう。」



「…ちっ。」


で、どうやら小学生の時に被せていた金歯、歯肉が下がってきて(老化)隙間が出来ちゃったと。

そこから虫歯菌がせっせと穴を掘り出して、中身が大騒ぎになっていると。

だからこの金歯をぶった切らなきゃなりませんがどうしますか?って。

そら仕方ない、やってつかあさい(岡山弁)と。


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歯が命?そんなの知らんわね。

ぎゅいぎゅいーん!って例のおっそろしい音と臭いをたてながら口の中で小さいチェーンソーみたいなのが暴れまくってます。

恐ろしさのあまり爪の跡がつくほど指を握りしめ、足も親指と人差し指がごしごしこすり合わされてます。

はい、取れた!

私の口を45年間守り続けていた金歯。
歯45年

「これね、とーっても良いものですよ。良い仕事してますねー、昭和のお医者さんすごい!本当ならね、中はもっと真っ黒でぼろぼろになってるモノなんですけどね。いやいや、これはお父さんとお母さんに感謝ですよ。本当に良いモノだ!」


って、先生は感心しきり。

私もそう言われると何だかとても愛おしさがわいてきて、


「これ、持って帰っていいですか?」


と、今はお守り代わりに財布の中に入っております。



「45年もの間、本当にご苦労だった! Good job !!」

45年02





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散歩してたらトンボがいた。

指を出したらマジで停まりやがった。

この指とーまれで。
指トンボ

よしよし、虫と仲良し。

一円にもならんけど。

子供心を取り戻し、よそ様の畑に足を踏み込んでいきましたらなんとまあスイカを植えているではありませんか。


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そ、私は無類のスイカ好き。

果物と言われるものの中では圧倒的なチャンピオンでございます。(野菜縛りでも)

引き抜きたい願望を必死に押さえながら、



「よーし、明日は一番大きいのを買ってきて全部一気に食ってやる!大人喰いしてやる!」



てなもんですね。

ああ、スイカ大好き。

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昨年の今頃、スッキリしたくてこんな感じのヘアスタイルにしましたらちょっとサイケが過ぎたのか友だちが減りました。

見られてる感覚も変わるし、周りの空気がヒリヒリするのを覚えています。

今年もスッキリと爽やか、クールな感じにもう少し短めに皮膚の色と同等の長さに揃えようと思っていたのですが、本気で怒っている人たちに止められてしまいました。

否応なしに従いますが、時が来たら私はずーっとハゲチャカピンで過ごしたいと思っております。

さ、暑さにやられて何の内容もないブログ、あざす!

3

プチ飲み旅



七滝と書いて(ななだる)と発音します。

調べてみると…平安時代から伝わる民俗語が由来であるとのこと。

めんどいーのでそれ以上調べてません。

意味分からん。

6月半ば、この「河津七滝」という静岡県のちょっと綺麗な所に行って来ました。

といいましてもここが目的ではないのですが。IMG_2797.jpg

昔からの悪友、後輩と楽しげな企画を思いつきまして。

<そこら辺で飲んでも帰りのタクシーやら何やら考えたらアホらしいので、一泊して飲みに行こう。>作戦。

以前から議題には持ち上がっていたのですが、とうとう<酒を飲む>という一点において特化させることが出来ました。

アホチャンピオンたちです。

昼間っからね、美味しい魚をつまみにグビグビやりながら。
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「くぅうううう、たまらんね、こりゃ!」

とか安っぽい能書きをたれるのもまた一興。

腰の痛みを押さえつつ、てか全く押さえきれないのですがそこはもう酔って痛みを忘れることにするしかないと開き直りまして。


「妹尾さん、リハビリっすよ。ガンガン歩きましょう!」


と、これまた脳みそ筋肉後輩のかけ声に、おお、そうなのねと応じて滝を目指して山道を歩いてみたもののやはり地獄のような痛みがぶり返してきまして。

美しいはずの自然に囲まれた多岐を眺める目が若干涙ぐんでおります。

痛いんだもの。

で、またまた昼間のウチに酒を補充したりして。

夜は新たな気分で酒。

家に帰ることを気にしないでいい飲みっていうのは、本当に楽ちんで楽しい!

嬉しくて仕方ないアホウたちが集って夕食後にカラオケ。

お部屋を借りて酒を飲みつつ歌いまくる。

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全員昭和ソング。

それしか知らんから当たり前なんだけど。

説教くさい、意味の分からん怒鳴りまくる歌をガマンして聞かなくてもいい昭和原人。

あな嬉しや、いとをかし。

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黒船を観に行きたかったけど駅前で断念。

下田なんて何十回も通り過ぎるだけだったし、チョト新鮮。

案の定ちうごく人だらけね。

ゴミはきちんと持ち帰って下さい。

しかしまあこんな飲み旅行はとても良いものですなあ。

楽しいからってしょっちゅうやってたら飽きちゃうので、また思いついた時にやろうぢゃないかと固い約束をして解散したのですね。

この悪友仲間の身体が動く限り、楽しい企画は続けてみようと思うのです。

遺影参加は禁止ってことで。


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で、飲んで治すぎっくり腰作戦も大失敗だったので、今度は道場に行きまして投げ飛ばされてゴキンと治す作戦。

数年前のぎっくり腰の時、同じく道場でやったのは <何度も叩きつけられて骨とか筋とかをはめてみる> 作戦だったのでちょっと違うのですね。
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しかしまあ、想像通りといいますかアホウといいますか…余計痛くなりましたよ、ええ。

かえりなんざ立ってられないくらい腰から下に電気が流れてまして。

小さな爆弾が腰とか尻の中でパンパン破裂してる感じですね。

こんなにも痛みが長引くのは初めてだったのでちゃんと西洋医学のお世話にもなりまして、レントゲン記念撮影なんかも撮ってもらいました。

骨的に異常なし…で、キカイの音波的なモノを当てたりさすったり。

これは全く効きませんね、経験済みです。


そんな中、撮影も行かなきゃなりません。

にっこに個笑いながら痛みを隠しつつドクターの役です。

専門用語が出てきて、しかもその場で台詞が難しい言い回しに変わったりするのであら大変!

キャイキャイ言いながら撮影を終えたのです。

血友病患者のお世話をする医者ですが、芝居とは言え本当に大変なご苦労をされている方が多いのだなと。

ぎっくり腰くらいで文句言ってられません。

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伴さんとのトークショウ<密林特撮学校>も大変楽しく有意義な時間を過ごさせていただきました。

暖かい笑顔と拍手に見守られ、腰の痛さも忘れてお話しさせていただきました。

皆さん、どうも有り難うございました。

本当にありがたく、感謝の気持ちで胸一杯です。
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さ、これは今から18年も前のドラマなんですね。

fbのお友達が見つけて下さって。

<いなか刑事伊原泰三の退職捜査日誌>っていうドラマでした。

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写真を載せましたのはね、気色悪いほど髪の毛を伸ばしているところが何とも言えず新鮮だったからです。

私、基本的に短いのが大好き派なんですが、この頃は一体何があったんでしょう…?

心がやんでいる時に伸ばしていることが多いのですが、それは意識したことではなく単に<切るのがめんどいー>という理由に他なりません。

つまり髪を切る気力が出てこないってことなんですね。

自分年表で調べてみましたら…ああ、この年齢の時はたしかに病んでいく時期だなと。

ここに書くと長いし大して面白くないことですので今度飲んだときに一緒にいたら、こっそりとお話ししますわね!



久々の記事がやはり!というくだらなさでいつもすみません。


2

ギックラー ばきっ!


ばきっーン!!

刃牙じゃありませんがまたしてもぎっくり腰をやってしまいました。

季節の変わり目に訪れる、もはや時候の挨拶のような。

プロのギックラーと言っても良いでしょう。



今回は膝から来ているみたいですね。

身体を鍛えるために無理な運動を常態化していたのですが、たいじゅう増加により膝がクラッシュ。

そのままごまかして庇うように運動を続けておりましたら腰に来たぞ、と。


もう飽きた…。

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さて。

ちょいとイベントの告知をさせてくんなまし。

「密林特撮学校vol.2 伴先生・妹尾先生の巻」

http://jungle-scs.co.jp/sale/?page_id=18367


ということでございまして、キカイダーの伴大介さんと妹尾青洸で、教師をやらせていただきます。ジャングル




まあ教育実習みたいなもんです(ウソ)。

現役バリバリ東映監督の鈴村展弘さんも来て下さいますのね。

実際、どんな授業になるのやら想像もつきませんが、楽しくなることは間違いないと思われます。

だって、私自身が楽しみなんですから。

まあ普通じゃ話さないちょっと奥に入り込んだところまでネタを用意して行ってみようかと思っております。



皆様、奮ってご参加のほどよろしくお願いいたします!


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以前ここに書いたことがありますが(2009.1頭(けつ)髪の思ひ出) 若かりし頃、アホな事故を起こしたことがありまして。

そのときに手術のために毛髪を全て切られていたのですが、退院して自然に伸ばしていったら当時の子門真人さんみたいになってしまいまして。

暴れはっちゃくな髪をとにかく落ち着かせようと、人生で一度きりのパンチパーマをあてた(昭和)ことがありました。

そのときの写真が奇跡的に出て参りましたので載せてみたりします。

かなり頭の悪い感じに映っておりますが気にはしません。

暗くてよく分かりませんが、B&Bの洋八さん、昔の鶴甁師匠、クリスタルキングさんらと同じ感じね。

パンチ1983

バグース! って言ってるんですね、このポーズは。

たしか、インドネシアの方の言葉で「最高!!」みたいな意味だったと記憶しております。

みんな言ってた、ボートハウスのトレーナー着てアホみたいに。

「ちょべりぐ!」

と同意かと。


へんなの。



1

太く!



人の死を見届ける頻度が増していきます。

歳を食っていくわけですから仕方ない。

まあ、生まれるってことはその瞬間から死ぬ迄のカウントダウンが始まるわけで、その辺りにわびさびを考えてしまいます。

物心ついた頃に感じていたモノと、50才を過ぎてから感じるモノと、これまた偉い違いでございます。

死に様ってのはアレですね、生き様の裏返しなんですね。

なーんとなく…ですが分かるような分からないような。

人の死は、死ぬ人のものではなくて遺された人たちのもの…。

昔やった芝居でそんな台詞がありましたが言い得て妙、納得する次第であります。

結局はですね、人様のお役に立ってしっかり生きて動かなきゃならないってことなんですね。


数日前に豪快に笑いながら逝った伯父貴に教えられた気がします。



喪に服す気持ちを持ちながら、明るく元気に人生を太く過ごそうと思います。

短く…ではなくて充実させるって意味ですね。



写真も何もありませんが、今回のブログはこんな感じで終わりますね。

合掌。









1

親戚は新鮮



私は「親戚」というものにかなり縁遠いところで育ちました。

従姉妹がいることも30才くらいまで知りませんでしたし、限定された数人しか知らなかったんですね。

でもまあそこがデフォルトですのでなんてことはない、問題も無い、寂しいこともそんなに無い。

冬休みが終わって登校した時、友だちらとお年玉の話になります。

そのときはさすがに嬉しい気持ちにはなりませんでした。

親からしかもらえないんですね、基本的に。

じいちゃんやばあちゃんからもらった!って喜んでるヤツの額が大きいこと大きいこと!!


親の知人や、会社をやっていたせいもあってそちらのつながりでもらうことはあったのですが、そんなのは建前だけの名義で子供の私らが手にできるモノでもなく。



「あーあ、なんでワシらには親戚がおらんのんじゃろ…。」


弟と嘆くこともありましたが、まあそんなのはその日だけで忘れてしまいます。

大人になり、自分にも親戚がいたことを知り、また、記憶にはないおじいちゃんに抱っこしてもらったことがある等々の新事実も分かってきたんですね。

私が上京した後のことですので、両親を飛び越えてお話しさせてもらったりお付き合いをさせてもらっていた人が二人ほどいました。

仲良く。

そのうちの一人が、臨終の床についておりまして。

眠っている顔を見ていますと、胸を打つモノがあります。

昭和初期の生まれ、戦争やら紛争やら激動の時代を生き抜いてきて。

人を多く育ててきて。

とても大きな会社の重役にまで上り詰めたその顔に感心させられるんですね。

ご多分に漏れず超貧乏な家庭に育ち、苦労を強いられてきた方ですが、男子の本懐を遂げた…やり切ったという安堵の顔にも見えてきます。

生命を永く維持するための装置を、自らの意思で外させたと。



耳を近づけ、ぎりぎり交わす会話。



「ふぐが食いたいんや。お前、どっか店を予約してくれ。」



食えるわけがありません。

誤嚥(水や食料が気管に入ってしまう)をおこすので点滴オンリーです。

口を湿らせることも止められています。



「…ええよ。都内のど真ん中で豪勢にやろう。おっちゃんの元部下とかも全員声かけるから200人は下らんやろうな。でっかいホテルでやろか。」


「アホ言え。そんな仰々しいことせんでもええ。高くつきすぎるやろ。」


「ほなら何処にする? 本場の山口県のまで行こか。」


「もちょっと近場にせえ。」


「高級過ぎんで遠すぎんで…そしたら枚方(昔、叔父が住んでいた)で探そうか。」


「落としすぎや。」


「…。」



大阪のおっちゃん、この期に及んで間が完璧。(枚方には何の悪意もありません)

おそろしいですな、修羅場をくぐった人間は。


伯父の大往生に向かう姿。

私も、何か大きなモノを学ばせていただいているところでございます。

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さて。

先日のオーディションで呼んでいただいた某ドラマの撮影に。

明るい現場で皆さんとても盛り上がっています。

監督、カメラマン、スタッフさんたちに明るい人が多いのはいいですね。

空気が大変よろしゅうございます。

監督といろいろディスカッションしながら芝居の雰囲気や求められる画を追求して。

お互い納得の上で演者と撮り手がコラボする。

オッケーがかかった後で監督が満面の笑みを向けてくれると、悦楽気分に陥ります。

作品作りに役立てる悦びはひとしおです。

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ウラで悪いことしてる外務大臣…。

が、一方では週刊誌ネタのようなこと(書けましぇん…)が現場を困らせておりまして。



「おおお、ゲーノーカイっぽいぞ!」


なんて野次馬させてもらっております。

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さ! 夏ですしね。夏用のバイクジャンパーも短くぶった切って涼しくなりました。



一度しかない人生をやり切れるよう進みまくるぞ、と!



1

残念組合、上等!



暖かくなってきてバイクの喜びをかみしめつつ。

最近腰や膝が弱ってきているので無理に運動をするように心がけておりました。

毎日坂道を数キロ、足の動きを気にしながら上り下りを繰り返し…はたまたテニスで汗をかいてみたり。
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いい感じ!って思っていたところ、膝の外側に激痛が。

靱帯を痛めたようですね。

これは毎回やるのですが本当に愚の骨頂です。

身体のためを思って身体を壊す…ううう。

昔、<健康のためなら死んでもいい!>という頭の悪いスローガンを見て笑っておりましたがまさか自分毎回こんな感じになっていくとは思いませんでした。IMG_2628.jpg

つまらないので悪友たちと飲みに行きます。

不思議とどんなに身体の具合が悪くてもお酒だけは美味しいのね。

ほーんと、不思議。

気がつけばもうすぐ付き合いが40年を迎えようとしているこの残念組合

話題も随分変わってきちゃいましたね、不健康自慢、不幸自慢…ま、兎にも角にもアホウってことでしょうがそれでよし。

こりゃ身体が元気になるなんざ半永久的に無理でしょうとせっせと酒を口に運びます。


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『五星戦隊ダイレンジャー』和田 圭市くん。

まあ、同じ穴の狢…っていいますか、同じ釜の飯を食った仲間です。

ほんの少し私の方が先輩ってことになるのかも。

実はご縁をいただきまして、前からちょいちょいお会いしていたんですね。

お芝居ごとですが、まだ一度も飲みに行ってないんです。

だもんで、私は猫を被って静かなおっさんだったのですが、「重甲ビーファイター」等々の土屋兄弟の話で盛り上がったりしてね、随分と仲良くさせてもらってるんです。

で、この写真は某撮影所なんですが、同じオーディションを受けることになりまして。

そこでの一枚!

和田君、めっちゃナイスガイです。

見た目通り、中身も、爽やか三角また来て四角。(超昭和)

私の本性がばれる時までウソ妹尾を造り続けますとも…。


そんでもって、このドラマに出演させていただくことになりまして。

情報が解禁されましたらまたご報告させていただきたいと思います!!



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こっからはバイクに興味のない人はいつものようにすっ飛ばして下さい。

アホほどつまらんと思うから。

さてさて、バイクの気持ちいい季節と言うことは、比例してそんれだけぶっ壊れていく季節でもあるのですね、我が家の場合。

何せご機嫌斜めで個性的なバイクたちですので仕方がありませんが…今回はスクーターが止まりました。

停まった…っていうよりはバッテリー、電気系ですね。

半年に一回のペースでバッテリー君が逝ってしまうので、これはもうちゃんと充電してないんじゃないかと。

これはレギュレーターを変えてやらんとねーって思いまして。

私のスクーターはキムコの(V-LINK125)っていう、台湾製のバイクなんですね。

めっぽう速いので気に入って乗っているのですが、流石はざっくりとした作りの古いバイク。

ちょっとググッたくらいではほとんど正確な情報が出てこないんですよ。

大嫌いな作業…スクーターの外周ボディを引っぺがしてレギュレーターを探します。

ありました。
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型番を控えて探して見るも適合なし。

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コネクターへ向かう形状も記録をしておいて、さらに調査を進めましたら…なんとまあこのあたりのパーツはホンダのスペイシーのモノを流用しとるんじゃね? みたいな情報をキャッチ。

スペイシーのレギュレーターをさがしてみましたら、一つ前の型に姿形はそっくり!てか間違いないでしょうと。

じゃあ早速これをゲットして…なんて思っておりましたが、コネクターのpinの形状がめっちゃ種類があると。

はああ、そこまで考えてなかった…もう一度バラしてコネクター空けて、プラグの形状を見なきゃ…。

くっそめんどいーのでそれは後回し、また後日ってことにしました。
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こっちはセルモーターですが、ジョイントの形が同型のものはもう売っていないらしく。

新しいものを買って、中身を引っぺがして古いヤツをリビルドしなきゃならんのね。

トルクのかかるパーツだから、しっかり固定させなきゃならないのだね。

バッテリー、レギュレーター、セルモーター、この三つを新しくしてやれば少しは心臓発作も治まるんじゃないかと。

何度か心が折れかけて、りーどやらアドレスやらさくっと買い換えちゃえばいいじゃん!とも思ったのですが…いやいや、大事に乗れば、乗り続ければもっと愛着もわくだろうしモノを大事にするってのにも胸を張れるし。

世話の焼けるバイクですが何とか可愛がっていこうじゃないかと。

だってお兄さんの方のZZR1100cは平成2年登録。

28才。

人間で言えば軽く100才超えてますもん。

本当に宝物ですわ。

ツーリングに出掛けて楽しい写真をアップしますぞ!




2

緊張と恋は紙一重…なのか


誰か助けてー!正義の人ー!!(犬も可)

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駐車場から出てきましたら車のドアミラーを割られてました。

楽しすぎておなかの中がグツグツ言ってます。

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外は桜が満開で日本の空気も心なしか喜んでいるようであります。

うん、ここらへんは気持ちいい。


そんな悠長なことを言っていられるのもこの平和な日本のお陰でありまして。

世界では北朝と米国のあまりにもキャラの立ったお二人がいろんな緊張感を醸し出してくれています。

きな臭いな-。

何処に向かっていくのでありましょうか、世界的に。

あっという間に人類滅亡のシナリオも描けてしまうところがなんともシュールすぎて。

見守る…以上に積極的に対応していく姿勢が求められているように思います。

何をすればいいのか分からんけど。
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冷蔵庫の中を漁っておりましたら、なんとも便利そうな調味料が出てきまして。

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あ、これ使えそうです。

さっそく試食じゃ、ビールのつまみにいい感じ!

チラリと裏を見てみましたら…

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おうまいが! ぼうしっ!!

あっちょんぶりけーということで一応は口に入れてみました。

恐ろしいほど酸っぱさが強いですが何とかなりそう。

三十年前のムヒも使ってましたし、何とかなるだろうと思いましたが…やはり身体を壊しては意味がありませんのでここは廃棄処分に。

しかし…何で今まで気づかなかったんだろう。

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私、最近オーディションや仕事現場では変に開き直り作用が働いてましてほぼ緊張しないんですね。

ここ数年のことなんです。

自分をより素敵に見せようとか、より能力があるように振る舞おうとか、そういう爪痕を残そうとしなくなったんですね。

てか出来ないんだってことが分かったの。



「今の自分に出来ることは120%やらせてもらいますが、それ以上は無理、ウソが出るだけ!」



ってことで全く肩に力を入れないで対応させていただいておりました。



「私、こんなもんです。
 良かったら是非一度ご賞味いただければ…あ、ご興味なければ無視して下さいませ。」



な心境ですね。

がつがつ焦って空回りしてもどーにもならんってことが50才過ぎてから気づいたんでしょうね、残念な頭ですが。

逆にその方が圧倒的に上手くいく機会が多いので不思議です。



で、つい先日とある選考会に参加させていただいて…久々にド緊張、脇汗だらだらな目に遭ったんです。

それはですね、選考する側にチラリと知っている人を見かけまして。

あらま!ってなだけなんですが、それがまたどういうわけかもうガッシガシに緊張し始めまして。

決してその人に対してアピールを強めに!なんて思ったわけではないのですがね、まあ理由は分かりません。

ドキドキが止まらない。

舞台の本番より全然ドキ胸。

ああ、私は何処に向かっているの? 的な。

コントロールできないんですね。

とにかく久しぶりに緊張しまくって、部屋を出た後おなかが痛くなってきまして。

汗も半端じゃないし、ああ、久しぶりに緊張した!って…それだけの話なつもりだったんですが。

この切ないばかりの胸の痛みは覚えがあります、うんうん、たしかこれは…恋?

そう、これは恋だわ恋なのルルルララ♪

もっともっと緊張恋をしていきたいわね!!でもお相手がいる方が素敵よ。

ああ、恋するおじさんブログ。



あほうが過ぎる

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1

花見は大して花を見てないと知る


さて。

今回はお花見シリーズの写真をアップします。

と、お花見に行く前にジバン日下くんと勝太暁斎展を観に行きました。
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花見で飲み狂う前に心に栄養を。

彼の有名な<百鬼夜行>を観ようと。

天才肌らしく、ささーっと短時間で描き上げる方なんですって。

シャレも効いててとってもセンス溢れる空気がびしばし伝わってきます。

なぜか頭に一番焼き付いたのは春画でしたが、それはそれで…。

4月某日、東京のど真ん中。

仮面ライダーの監督で、懇意にさせていただいている鈴村監督のお誘いで。

総勢120人集まったんですって!

2017花見01

写真が収まり切らんけど…。

早朝から場所を取って準備するの大変だったと思います。

悪天小雨の中、大いに語って酔っ払いました!

花見02

30年ぶりに再会した方もいたりして(マスクマンのユキちゃん)ぎゃおーって叫びましたさ。

全然変わらない姿に感動しつつ、いつもの友人、初めての方とご挨拶もさせていただきました。

アフロ - コピー

およげ鯛焼きクン的な。(昭和)

翌日はお天気に恵まれまして、自宅近くにいぬと散歩。

六部咲きくらいかな…でもまあぱちりと記念撮影。

よく考えてみたら、花見って言うけどほとんど酒とつまみと友だちの顔しか見てないような気がします。

全編通して一分くらいしか桜を見てないかと。


桜の花びら…が舞い散る雰囲気…で飲むお酒…は美味しいよね…ってことだけですよね。

うんうん、つまり飲むのは楽しいねってこと!

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テレビは国有地の取得に関するニュース、いわゆる忖度問題?や築地市場移転の問題、北朝鮮、トランプ氏とわっさわさ話題になりやすいニュースに溢れていますが、どうしても解決してもらいたい問題があります。

9才の女の子が殺された事件…。

親御さんの気持ちを推し量るべくもなく、本当に嫌な事件で。

日本の国力を上げて犯人逮捕につなげてもらいたいと思うのですね。

ちょっとネットで調べてみますと、いろんな情報をさんけんするのですが、中には驚くような言葉も見受けられます。

曰く、どうして日本人じゃない子供が殺されてそんなに大騒ぎするのか。

曰く、どうせ大人びた子供がたちの悪い連中とつるんでいたんだろう。

…。

先日、琴奨菊と照ノ富士の一戦でも、


「モンゴル帰れ!」


のヤジが飛び、問題となりました。

ネットの匿名性に隠れた礼儀のない罵詈雑言、私も多く経験しますよー。

慣れてきちゃってね、哀れな人だなーとしか感じませんが。

全てとは言いませんが…本当に日本人は民度が高いのでしょうか?

ちょっと疑問に感じる時もあります。


この事件、同じ子を持つ親として悔しくてなりません。

早い解決を望みます。








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