FC2ブログ

・・・されど役者的妹尾blog

太く拡げよう僕の細道   since.2006.4.14
0

Tokyo Joe、モンタナジョー、衛藤健…祖国への挽歌



きっとあっという間にクリスマスが来てお正月が来て、ゴールデンウイークが訪れるんだろうなー。

毎日がいろんなコトで埋まるのは大変有り難いのですが、やはり健康という物の大切さを痛感しますね。

私の両親は、入退院を繰り返しています。

それを手伝いながらいろんなコトを感じ取って、いろんな準備をして、それでもっていろんな学びを受けているんだな、と。

もしかすると<平均寿命>というものの概念を変えていった方が良いのかもしれないな…などと。


さて、順調に舞台の稽古は進んでおります。

楽しい仲間…とはいえまだひと言も話していない人もいますが…まあ今の段階としてはとても速いペースで芝居が出来上がろうとしていて。

これはこれですばらしいことでございます。

私も年甲斐もなく久々に稽古後の飲みに顔を出させてもらったり、引っ張られて朝までオールをしたりと、なかなかの青春を味わわせて頂いております。

描かれた他人の人生や刹那に真剣に向かい合い、そのお琴の気持ちや迷い、逡巡、恐怖などを辛辣に捉えようと。

無い知恵と頭を振り絞って役造りをしている状況でございます。

そういったことをしているときは多くの煩わしさから解放されるんですね。

もっといろいろやらなきゃならないことも沢山あるし、今後のことは準備や、追われていることが多いのに一点集中できるんです。

役者冥利…の一部かもしれません。

sokoku1.jpg

主演の松村雄基クンは同学年で、役の上でも親友です。

昔、ゴリゴリだった頃に一度飲んで遊んだのですがそこから25年ぶり!

久々にあった松村君は、ゲーノージンでこんなに良い人はおらんぞ!ってくらいのナイスガイで、すぐに距離を詰めるコトが出来ました。

若手もアニキ!と慕っていて、嫌な顔一つせずに芝居の話を聞かせてあげてます。

うんうん、こりゃね、本当にとても良い作品が出来あがるんだなって。

こんだけ長くやってりゃ匂いで分かるもの。



皆様、是非ご高覧いただけますよう!

【↓ こちらからご予約頂ければ<妹尾の扱い>チケットとなります。】

http://ticket.corich.jp/apply/97750/037/

チラシ裏画像

劇場でお待ちしています、よろしくお願いします!

ちょいっと説明。

今回の芝居はほぼノンフィクションです。

実は実話。

…。

太平洋戦争中に、アメリカで暮らす日系二世のお話。

差別、矜持、様々な試練と運命を切り開き、大ギャングスターになっていった男の物語。

めっちゃすごい人ね、こんなの今の時代では出て来んやろうなーって感じの。

Tokyo Joe、モンタナジョー、衛藤健。

呼び名はいろいろあるけど、彼の生き様を堪能してください!

祖国への挽歌チラシオモテ

******************************************
ショー・コスギさんの下で学んで帰国した<潮見勇輝>クンは素晴らしいアクションコーディネーター。
(私と肩組んで映っている髭もじゃの人)

本場の特殊部隊や様々な格闘技を本格的に取り入れて画を作るので、殺陣をつけるのを観ているだけで楽しくなってきます。

役者が着いていかんとヤバいぞーって。

そんでもっておっそろしいほど酒が強い。

それだけで好き、大好き!

平成の世にもこういう男っぽいのが残っててくれて本当に嬉しいわ。あ、もう終わるんか…




1

新元号に心新た!



「令和」

発表されましたねー。

語呂や言葉は何でも良いし、全て受け入れてこれから明るく頑張っていこうと思っていましたので私の中での受け入れ体制は万全でした。

文句もないしツッコミもありません。

が、正直なことを言いますと、初めて菅官房長官が


「れいわ、であります。」


的に発声された瞬間、私は<ポカン>としてしまいました。

<ポカン>…っていうか<キョトン>かもしれません。

ものすごいぶっ込み方で、全くノーマークな語感だったからです。

しばし呆然と眺めてから、



「あ…ああ、そうか。れいわね、よしよし、ちゃんと馴染んでいこう!」


って脳みそを再起動させました。

うん、美しい響き! 昭和の「和」も入ってるししっくりきそう。


*********************************


年齢が離れている人にめっちゃ呼び捨てにされたりするのが好きじゃありません。

私は一応、距離感が縮まるまでは年が下でも敬語を使う(ように)しています。

そういう教育をされましたので仕方ないかもしれない。



「●●だよねー!」


「△△じゃん!」


って年下で、男女関係なく。

俺はどうしても好きになれません、その感覚。


*********************************************
IMG_7329.jpg



エイプリルフール。

子供の頃、家の二階の端っこに私と弟の部屋があったのですが、そこには窓が二つありました。

一つは大きな窓でちょっとしたベランダみたいなのが付いてる。

もう一つの窓は、そのまま下の道路が見えている感じで。

アホウの兄弟ですから、その落ちたらヤバい窓にしがみついて刑事物ごっことかやって遊んだりしてました。

何度となく親にはダメだと注意されていたのですが、確かアレは私が小4.5の頃…泣き叫んでいやがる弟を無理矢理説得して二段ベッドの下の部分に押し込んで隠しました。

そして、ちょっと大きめのぬいぐるみに弟の服とズボンを着せて、窓から下の道路に投げ落としました。

んでもって、


「たいへんたいへんたいへん! 弟が落ちたー!!ものすげえやめろって言ってたのに調子に乗って遊んでて下に落ちたー!!」


とわめき立てて親の元に。

驚いた親はすっ飛んできまして、窓から下をのぞき込む。

近視の母親は気が狂いそうな声を上げて階下に走り出しました。

父親はぬいぐるみに気づいたんでしょう…窓の下をのぞき込んだその目でくるりと私を向き直り、何も言わず近づいてきて思い切り顔を張って無言で立ち去りました。

ベッドの下から泣き叫ぶ弟が出てきます。


「おんちゃんが嫌じゃ言うのに無理矢理やれって言ったー!!」


私は父に殴られてギャンギャン泣いています。

そこに階下からぬいぐるみを抱いて戻ってきた母親(当時はメスゴリラと呼んでいた)が泣き叫ぶ二人を烈火のごとくドツキ始めまして。


私からすれば、まさに地獄絵。

弟は更に倍。



「エイプリールフール嫌いじゃあああ!」



と泣き叫んでいたのを昨日のことのように思い出します。

そんな4月の晴れ空。


3

一樹進とは…


でっかいテレビを買いました。

でっかい画面なのに、番組表の文字が見えない…ううう。

ついでにいうなら映画の字幕も読めない…ううう。

小中学校の頃は両目の視力が2.0ありまして。

しかもその下に印があってもずーっと見えそうな勢いでした。

マジで2.5くらいあったんちゃいますかね?

日に日に見えなくなっていく現象、自覚できましたもの。

高校生の頃です。

私の視力をこんなにしたのはね、インベーダーゲーム、ドンキーコングであると。

はい、自信を持って答えられます。

もしかするとそこにウインドウズ95も入ってくるかもしれません…ううう。


*************************

フォトブックを作成して両親にプレゼントしてやろうと思いまして。

昔からの写真を引きずり出したり、Google Photoなんかを覗いておりましたら、目的とは異なる懐かしい写真が数枚見つかりました。

ので、暇つぶしにご紹介しますね。

どうせここを見ている人は超コアな方ばかりですから恥ずかしくはありませぬ。

そして、滅多に語らないこともちょっとバラしてみようかな、なんて。

25歳頃a

多分、25歳くらい。

いつの何の時の写真だったかさっぱり分かりません。

が、レンズを見ているので仕事で使った物をもらったのかな?と思います。

幼少幸延a

これは仕事一切関係なし。

当たり前だけど。

岡山県、中仙道って所に住んでいたときの物。

隣に仲良しの{M}君が映っておりますがカット致しました。

多分6歳か7歳の頃ですね。

先日近くを走ってみましたが道が増えてさっぱり分からなくなっていて閉口しました。

当たり前でしょうがね。

プールa

これは18才…なはず…もしかしたら19才かも。

真ん中の水色のパンツが私。

東京の某プールで監視員のバイトをしているときの物です。

これがきっかけになって、ライフガードや水泳指導管理士の免許を取ったんですね。

毎日飲み歩いて幸せを感じていた、脳みそ空っぽ時代です。

ええ、それでいいんです。

荻島さん挙式

【荻島真一のもうすぐお昼】 ミセスのためのおもしろ講座…という番組の、アシスタントとして出演させて頂いていた頃の物です。

月~金、お昼の11時から30分、今でいう情報番組の先取りみたいな番組でした。

荻島真一さん


イレブンボーイズの一員、芸名<一樹 進>としてレギュラー出演させて頂いてましたのね。

かずきすすむ…って読みますが由来は、当時の社長さんが私のことを


「一気に進んでいきそうな勢い小僧だから。」


とのことで命名されたものです…嗚呼、今文字に描いていて懐かしい…何十年ぶりに口にしただろう、この名前。

ドラマで引っ張りだこ、大活躍されていた荻島さんの結婚式にご招待頂いた招待状ですね。

大切に保管してありました。

もう鬼籍に入られていますが、当時は厳しく優しく大変お世話になりました。

合掌。

もうすぐお昼台本


はい、次です。

パンチ1983a

これは19歳ですね、うん、間違いない。

イベントやトークショーではチラチラ話しますが、私18歳の頃にちょっと大きめの交通事故を起こしました。

そのとき、頭の髪を刈り落とされて手術したのですが、自然に伸びてくる髪にパンチパーマをかけたんです。

楽ちんそうだったから。

頭には縫い目や糸が目立っていたのでちょうど良いやって思ったのですが、その髪がウジャウジャ伸びてきているところですね。

隣は今でも大親友ですから目線とか入れないでそのままにしておきます。

小笠原監督とa

この写真メタルダーの頃ですので22歳ですね。

小笠原監督。

私はメタルダーを演じるのと同様に毎日怒鳴られる、叱られる…ということを日課にしていた節があります。

どうやら写真を撮るときも自然とスタッフの皆さんはこのようなポーズになってしまうんですね。

ま、自然なことです。

この小笠原監督も鬼籍に入られていますが、やはり厳しくて愛があって…当然のめちゃくちゃお世話になりました。

有り難うございました。

ヘアモデルa

はい、これも18歳だと思われます。

文中に「一樹クンは…」って表記が見られますのでこの年齢ですね。

先ほど書きました<イレブンボーイズ>もそうですが、このとき私はモデル事務所に所属していたんですね。

ですが、遊び半分で真剣なものじゃありませんでした。

そもそもがデートで忙しくなった先輩の代わりに<背が高い>という理由で現場に行かされて、そこでスカウトされたという訳の分からないきっかけでしたから。

しかもモデルさんなんて出来るわけが無いので全く興味を示しませんでした。

時々呼ばれる仕事に出かけていってたのですが、このヘアカタログ系の仕事とビッグトゥモローという雑誌の仕事はとても多かったのを覚えています。

私の頭髪は赤や緑、ピンクに金髪…カメレオン的にいろんな色に染められておりました。

本当に書きながら思いだしている…懐かしい半生でございます。

後ろむきの青c

これは数年前の写真。

浮浪者のおっさんの役ですので汚すだけ汚すと。

個人的にはめっちゃ楽ちんな役造りですわ。

後ろむきの青a

映りはこんな感じね。

そこら中の泥や埃を集めてひっつけて遊んでましたが、全然嫌じゃ無いのが不思議。

昭和53年ノート

さて、これはなんともレアな一品です。

阪神ノートとしておきましょうか。

まだ田淵選手が阪神で4番を打っているときの物。

昭和53年と裏に書いてあります。

しかも<阪神 vs 南海>。

つまり、これはオープン戦を見に行ったときに購入したんですね。

中学二年生の時に。



「いつか使おう!それまでは大切に取っておくぞ。」


もったいない、罰が当たる…的な教育を骨の髄からたたき込まれています。

いざというときがまだ来ないので新品のままほぼ半世紀保管してあるんですね。

そういえば私がよく使っている缶ペン(ペンケース)も中一の時の物です。



来れも含め、まだまだ懐かしい写真が出てきておりますのでちょっとづつご紹介していければなと。

数人の方が喜んで頂ければそれでいいので…ってそれにしても長くて下らない記事にお付き合い頂いて

有り難うございました!