戦争、出刃包丁、おじいちゃん
つい先日のこと。
万全の状態で仕事に臨むため、腰のケアをしに整体を受けているときでした。
二つ隣のベッドに(ソーシャルディスタンス)おじいちゃんが施術を受けておりました。
施術師のちょっと若い感じのお兄ちゃんが、おじいちゃんの耳元に口を近づけてゆっくりと、そしてハキハキと話してます。
「おじいちゃん(本当は名字で)、そういえば、今日は、奥様の、お誕生日ですよね!おめでとうございます!また奥様も、是非いらしてくださいね、ちゃんと、ケアしますからね!」
「おお、有り難うね。今度は一緒に来させてもらうよ。」
「奥様は、おいくつに、なられたんですか?」
「86歳だよ。」
私の母が去年亡くなったときの年齢だったので、私の耳がより強く反応してしまいました。
ダンボ。
長生きしてくれたら良いなーって思って、なんとなく話の続きを聞いておりました。
「お陰さまでね、うちのやつも長生きさせてもらってね。今更誕生日だからってなにもしないけどね、とてもありがたいと感謝してるんだよ。」
「そうですか、感謝ですね、良いことですね!」
「私もね、本当は16歳で死んでるはずだったんだよ。」
「え? おじいちゃん、どーゆーことなの?」
「わしはね、92さいになるんだけどね…」
あ、終戦の時が16歳だ。
「炭鉱に関係のある仕事場で働いていたんだけどね、16歳の夏に天皇陛下の玉音放送を聞いてね、私の上司や上の人らがね、玉砕すべきだということになってね…」
「ええ!?」
「でね、みんなで集まって、各々が用意した出刃包丁で喉をついたり首を切ったりしてどんどん倒れていくんだよ。それが怖くてねぇ。」
「……。」
「もうね、出刃でやっちゃったのを見てるとね、あんまりにも痛そうでね、皆がとっても痛がっていてね。それで俺たち若い奴らはとてもじゃないけど怖くて出来なくてね。」
「………。」
「痛がっている人たちを見ながら震えていたんだよ。情けない話だよね。でもね、そのときにまだ残っていたちょっと上の上司がね、お前ら、死なんでいいよって言ってくれてね。それで俺たち若い奴らは皆んな生き残っちゃったんだよ。いやいや、本当に情けなくてね。」
「いや!おじいちゃん、でもそれで良かったんだと思いますよ、だから………。云々。」
そのお兄ちゃんの話はあまりにも現代的で軽薄に聞こえて耳に入ってこなかったんだけど、その前の部分がずしりと心に響いて。
おじいちゃんの声が涙ぐんでいたのは分かった。
何も言えないよな、どんだけの思いを背負っているんだろう。
「先生、じゃあまた来ます。今度は二人で来るのでまた足をお願いしますね。」
って丁寧に挨拶して去って行くおじいちゃんに
「長生きしてください。」
というクソ陳腐な心の声しかかけられなかった自分。
むうう。
だからどうしたっていう話でも無く、単にそれだけ。